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1: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:12:16.43
「……ここ、どこだ?」


気が付いたら見知らぬ場所にいた。

いつも通りの日常。

いつも通りの時間に目覚め、いつも通りに授業を受け、放課後はいつも通りに部室で京子たちと過ごした。
雨が降っていたので早めに解散し、帰宅後すぐにシャワーを浴びた。
買い物はしていなかったので夕食は買い置きのパスタを茹でて食べた。
ベッドの上でスマホをいじりながらだらだらしていたら眠くなって、それから……。


「ダメだ……思い出せない」


覚醒し切らない頭がもどかしい。
大きく息を吸い、吐き出す。

しっかりしろ、これは異常事態だ。

2: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:14:41.39
「……まさか誘拐?」


誘拐だとしたら犯人の目的がわからない。
なぜわざわざ私を?
それに誰かに拘束されたような跡も……。


「って、あれ? なんで私、制服着てるんだ?」


ますます混乱してきた。
風呂上がりに着ていたのはごく普通のトレーナーだった。
それ以前に雨で濡れてしまった制服は乾燥機に入れたはずだ。


(あっ、そうだスマホ……)


制服のポケットを調べてみるが何もなし。
私は身ぐるみひとつでここにいるという訳になる。
まぁスマホがあったとしてもここに電波が通っているとは限らないのだが。


……誘拐説は、ひとまず保留しておこう。

3: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:16:54.15
改めて周囲を見渡す。小さな部屋だ。

壁も床もコンクリート製、四方にはそれぞれ扉がある。
部屋の中央には古びた木製の長机と、それを挟むようにして木製の椅子が2脚。
天井からは大きめの豆電球がゆらゆらと部屋全体を照らしていた。


(落ち着け、落ち着け……何か情報を……)


私はテーブルの上に視線を向ける。
なにかが置いてあるようだ。

近づいてみると、そこには木製の皿に入った真っ赤な液体。
それと古びた紙片が2枚。


……液体が気になる、気になるけど、こっちが先だ。
私は2枚の紙片の内の1枚を手に取る。

4: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:18:36.26
そこには文字が書かれていた。


『狭間へようこそ。
夜明けと共に迎えに行くからね。
現(うつつ)への切符は毒入りスープ。
美味しい美味しい毒入りスープ。
冷めないうちに、召し上がれ』


「はっ……ははは……」


なんだこれは。
冷や汗が止まらない。
頭がおかしくなりそうだ。


これは誰かのイタズラなんかじゃない。

なぜか確信めいて思えた。
どうしようもない程に雑で、それでいてバカみたいなスケールの大きさを持った……誰かの悪意。

それを、感じ取った。

5: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:22:40.04
ヒラリ。
力の抜けた私の手から紙切れが落ちる。


迎えに来る? 誰が? 私を?
突然訪れた非日常。
そんなもの、私は望んでいない。


「あーもう! なんなんだよ!!」


とにかく、このままじっとしているのは不味い。
脳が本能レベルで危険を訴えかけて来ているのがわかる。

もっと情報を集めなければならない。

6: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:24:51.46
気を取り直して私はもう1枚の紙片に目を通す。
どうやらこの空間の見取り図のようだ。


■□■
□□□
■□■


地図によると部屋は5つ。まとめると

今私がいる中央の部屋が『スープの部屋』

北にある白い扉の先が『調理室』

南にある小窓付きの分厚そうな鉄扉の先が『礼拝堂』

西にある木製の扉の先が『書物庫』

東にある錆びたボロ扉の先が『下僕の部屋』


とのことだ。

7: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:28:18.41
続いてテーブルの上に置かれた皿に目を向ける。


(これが毒入りスープなのか?)


皿の中の赤い液体はほかほかと湯気を立てている。
どろりと濁ったそれはまるで……。


(……これを飲んで終わり、って訳にはいかないだろうな)


いきなり飲むのは早計だろう。
手で扇いで臭いを嗅いでみるものの無臭。
こいつはあと回しでいい。


となると次はそれぞれの部屋に向かうことになる。
しかし、明らかにヤバそうな名前の部屋が2つある。

礼拝堂と下僕の部屋だ。

どちらにせよ何かがいる気がしてならない。

特に南の礼拝堂は他の部屋と扉の造りがまるで違う。
厳重すぎるのだ。


しばらく考えてから私は比較的まともそうな西の扉、
書物庫から探索を始めることにした。

8: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:31:19.40
木製の扉の前に近付き、聞き耳を立てる。
……特に物音はしない。


そっと扉を開ける。


書物庫の中は微かに明るい。
光源は小さな机の上に置かれた蝋燭のようだ。金色の燭台がよく目立つ。

四隅には本が山のように積まれた棚。
私はそこから適当な本を1冊抜き取り、パラパラとページをめくる。


「日本語、なんだな……」


どこかで読んだことがあるような童話。
手掛かりになるような事は書いていなさそうだ。


本を棚に戻し、改めて本棚全体に目星を送る。

本棚には数多くの本が収められているが、どれもジャンルはバラバラのようだ。
本の持ち主はきっと悪食なのだろう、統一感がまるでない。

いずれにせよ、ここから目当ての情報を見付けるのは骨が折れそうだ。

9: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:34:44.00
(まずはオカルトとかそういうきな臭さそうな本を探してみようかな……背表紙だけ流し見る感じで)


結局地道な探索を続けることにした。

……ゲームなら一瞬で目当ての情報を見つけることが出来るんだろうな。
生憎不自然に光を放っている本などは見当たらない。


探索を始めてから10分程経っただろうか。

右手奥の棚から妙な本を見付けた。
どうも最近取り出された形跡がある。
背表紙になにも書かれていない、黒い本だ。
私はそれを本棚から抜き取る。


「!? なんだこの本、湿ってる……!」


嫌悪感から思わず手を離す。
その本はなにやら黒い液体にまみれていた。
液体からはほのかに甘い香りもする。

私は手にべっとりとついてしまったそれをスカートの裾で拭う。
ハンカチなど持っていないのだから仕方ない。


周囲を見渡すも本をつまめそうなものは見当たらない。
ゲンナリしながら私は再び本を手に取った。

10: 名無しの七森 2016/09/13(火) 04:41:08.14
黒い本の題名は『スープの夢について』

ページのほとんどが白紙であり、最後の1ページにだけ以下の記述があった。


中央の部屋……美味しさの秘訣は隠し味。スープのレシピはメモの裏。

北の部屋……予備のスープが鍋にある。

東の部屋……良い子が待っている。良いものを持っている。

西の部屋……本を持ち出してはいけない。蝋燭は持っていける。

南の部屋……神が眠る。隠し味の資料がある。神の番人は供物を捧げなければいなくならない。

大事な事……人生は選択の連続である。死ぬ覚悟をして飲むこと。



……どれも重要そうな情報だ。
最初にここを調べたのは正解だったかもしれない。


私は蝋燭を持って書物庫を後にした。

13: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:36:43.15
中央の部屋へ戻り、テーブルの上に蝋燭を置いた。
必要になったら使えばいい。

黒い本によればメモの裏にはスープのレシピとやらが記されているらしい。
辟易しながらも私は先ほどメモを探す……が、見当たらない。


焦る。


慌てて周囲を見渡すとメモはすぐに見付かった。
なんて事はない。
床に落ちていただけだった。


(なにやってんだ、私は)


小さく咳払いをしてからそれを拾い上げる。

14: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:37:30.94
そこにはこう記されていた。


『あたたかい血のスープ。
人間の血のスープ。
冷めないうちに、召し上がれ』


……まぁ予想はしていた。
考えないようにしていたが。
これを飲めと言うのか。

私はテーブルの上の皿に目をやる。

まだ湯気は立っていた。
先ほど調べた時には無臭だったはず。
しかし今ははっきりと鉄の臭いが感じられた。

頭が痛い。

15: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:38:58.92
消去法で次は北の調理室に向かうことにする。

『スープの予備』も確認しておくべきだろう。

扉には取っ手は付いておらず押戸のような形になっていた。
一応室内に聞き耳を立てるが、物音はしない。
潔く突入することにする。
ゆっくりはしていられない。


調理室に入ってまず驚いたのは室内の明るさだった。

天井から無数の電球に照らされ真昼のように明るい。
周囲を見渡すと調理器具やガスコンロ、棚には食器や調味料の類いが積まれている。
ごく普通の調理場のようだ。
全体的に清潔な印象を受けた。


(パッと見で気になるところと言えば……)


ガスコンロの上の、蓋をされた大きな鍋。

堂々としすぎていて逆に怪しく思える。
普通に考えれば『予備のスープ』とやらはあそこにあるのだろう。
だがしかし……


「開けたくねー……」


あたたかい人間の血のスープ。
嫌な予感しかしない。

16: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:41:57.68
コンッコンッ

軽く鍋の蓋を叩いてみる。
やはり何が入っているようなこもった音が返ってきた。

開けないわけにはいかないだろう。
覚悟を決めろ、しっかり気を持て。


「くそっ!」


私は半ばヤケになりながら蓋を開けた。


そこにあったもの。
『人間だった』もの。


千切れた四肢、

眼球、

裂かれた臓物、

底には真っ赤な血が貯まっていた。


「!!! うぇ!! オエエエエ!!!」


床に吐瀉物をぶち撒ける。

この状況は異常だとわかっているつもりだった。
皿に注がれた血液を見ても何とか耐えることは出来た。
しかし、しかし……

あまりに無残な光景に私の精神が削れていく。

17: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:43:24.99
「はぁ……はぁ……ゲホッ……くそっ……」


結局私は数分間吐き続けた。

スプラッター映画とはまるで違う本物の悪意。
それに拒絶反応を抑えることが出来なかった。

口に残った胃酸の味が不快だったがここの水で口をゆすぐ気にもなれない。

私は不満をぶち撒けるかのように乱暴に鍋の蓋を閉めた。
そもそもこれは予備のスープだという。
出来ればもう……開けたくない。


改めて調理室の探索を続けることにする。
私は食器棚に目を向けた。

18: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:44:51.71
棚の中には深めの大皿や小鉢、多種多様な食器が並べてある。

備え付けの引き出しを開けるとそこにはナイフやフォークがあった。
とりあえずナイフを1本、護身用に持っておくことにする。
……使わなければ、一番いいのだけれど。


一見なんの変哲もない食器棚。
しかしどうも不自然に思える点が一つだけ。


(そうだ、これって全部……)


食器、ナイフ、ティーセット……その他諸々。

そこにある全ての物が銀製だったのだ。

所有者の嗜好だとしてもあまりに徹底されすぎている……気がする。


(でもまぁ……今はそれだけかな)


食器棚はひとまず置いておくことにする。
行き詰まったらまた来よう。

19: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:46:48.11
最後に室内をざっと見て終わることにした。

ほどなくして私は調理台の端に紙片を1枚見つける。
紙片落ちすぎだろ、ここ。

内容は以下の通り。


『大事な大事な隠し味。
残念、今は在庫切れ』


『隠し味』という単語をさっきからよく見かける。

文脈から察するにこれが『毒』なのだろう、多分。
在庫切れという言葉を信じるならそれはこの部屋にはないということにもなる。


どこかで『隠し味』を見つけ、中央の部屋のスープに入れて、飲む。


おぼろげだが探索の目的が見えてきたような気がした。

20: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:50:54.68
中央の部屋へと戻り、しばし考える。
とうとう残る扉はこの2つだけとなってしまった。

南の『礼拝堂』には『神』と『隠し味の資料』と『番人』
東の『下僕の部屋』には『良い子』と『いいもの』


……どちらを優先すべきだろうか。

今一番欲しいものは『隠し味』、つまり毒だ。
そういう意味では礼拝堂を先にした方が良さそうに思える。


しかし、南の重厚な鉄扉を見るだけでゲンナリしてしまう。
一体あの中には何があるというのだろうか。

21: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:52:30.70
(あの小窓、覗けるかな?)


南の扉の上部には小窓が付いている。
……鉄格子付きで。

いきなり突入するよりは安全だろう、私はそう判断した。

扉に近付き小窓から中の様子を伺うことにする。
聞き耳を立てるのも忘れない。


シュー……シュー……


!!!!

なにかが、聞こえる。

なにかが、いる。

22: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:54:19.13
汗が吹き出す。
心臓の鼓動が早くなる。

私はとっさに屈んで扉の奥にさらに聞き耳を立てた。


シュー……シュー……


なにかの息遣いのような音。


ズル……ズル……


巨大ななにかが這いずりまわるような音。


涙が勝手に出てくる。
震えが止まらない。
中の音を聞いただけでこの有様だ。
本当にこのまま、中の様子を覗いてしまってもいいのだろうか?


『夜明けとともに迎えに行くからね』


時間に限りがあるのはわかっている、立ち止まっている暇はない。

しかし、私の心は……。


私の心は、中にいる『それ』を見ても耐えられるのか?

23: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:57:43.98
怖い。
部屋の中に手掛かりがあるんだ。


怖い。怖い。
私はこの部屋の中に入らなくてはいけないんだ。しっかりしろ。


怖い。怖い。怖い。
中になにかがあるのは確実なんだ。覚悟を決めろ。



静かに立ち上がる。

私は、

小窓から、

部屋の中を、


覗いた。

24: 名無しの七森 2016/09/13(火) 14:59:08.31
闇。


部屋の中に光源はないようで他には何も見えない。


シュー……シュー……


音は絶え間なく聞こえてくる。


目が暗闇に慣れて来ると、ぼんやりと何かが浮かび上がってくる。


ズル……ズル……


音は絶え間なく聞こえてくる。


蛇。


蛇だ、あれは。

背には一本の翼。

ゆうに私の5倍はあろうかという、巨大な蛇と……


目が、合った。

25: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:00:41.87
蛇に睨まれた蛙。


昔の人は上手いことを言ったもんだ。


圧倒的な強者と、弱者。


身体が、動かない。

声が、出ない。


それが数秒だったのか数時間だったのかはわからない。


私を値踏みするように見つめていたそれはふいに視線を外すと、



そのまま部屋の奥へと消えていった。

26: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:02:22.78
瞬間。

金縛りが解けたかのように身体の自由を取り戻す。

扉からゆっくりと後退り、部屋の中央まで戻る。
そのまま、倒れ込んだ。


無理だ。


あれが『神』なのか『番人』なのかはわからない。
わからないが、あんな化け物がいる部屋に入れるはずがない。

目前まで迫った濃密な死の臭い。
もはや手掛かりどころの騒ぎではない。


ポケットの中をまさぐり、銀のナイフを取り出す。
部屋の明かりを反射して光を放つナイフ。
こんなものでは、どうしようもないだろう。


私はポイ、とナイフを投げ棄てた。

27: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:04:19.61
これからどうしようか。

夜が明けたらあの蛇がやって来るのだろうか。


(そうなったら、終わりだろうな……)


なぜこんなことになったのだろう。
私がなにかしたか?
誰でもいい、答えてくれ。


(京子……あかり……ちなつちゃん……)


いつも通りの日常を終え、いつも通りに明日を迎えるはずだった。
突然こんな部屋に連れてこられて……私は……私は……



両腕に力を込め、それを支えに立ち上がる。
もう充分に休んだ。

まだ探索していない部屋があるだろうが。
弱音を吐くのはまだ早い。


「絶対に……帰ってやる……」


虚勢でもいい。
とにかく声にしたかった。

28: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:06:53.85
残った部屋は1つだけ。『下僕の部屋』だ。

一番ヤバいやつはさっき見た。
今さら何が出て来ても驚かない。


東の扉は錆びた鉄の扉だ。
扉の前までやって来たとき、新たな事実に気づく。


「南京錠……」


扉は施錠されていた。
今までの探索で鍵のようなものは見付けられなかった。

どうしたものかと南京錠に触れてみる。

……ボロい、経年劣化だろうか。
これならそれなりの衝撃を与えれば壊せるかもしれない。


周囲を見渡す。……あった。
私は先ほど棄てたばかりのナイフを再び拾い上げる。


(叩き壊すというよりは……こう……)


ツルの部分にナイフの刃をねじ込み、捻る。
バキッという音とともに南京錠は呆気なく役目を終えた。

29: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:09:04.38
南京錠を床に置き、ナイフはポケットにしまう。

自棄になり投げ棄てたものだが、こんなものでも無いよりはマシだ。
やはり持っておくことにしよう。

続いて聞き耳。……物音、なし。

私は扉を開けた。きしむ鉄音が耳障りだ。


中は真っ暗だった。
中央の部屋の光も届かない。


(あ、そうだ蝋燭……)


今まで存在を忘れていた。
あれを使えば難なく探索出来るかもしれない。

踵を返し中央の部屋まで戻ろうとした時、


ヒタ……ヒタ……


足音。

30: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:12:45.96
素早く扉から離れ、向かいの書物庫の扉の前まで走る。
下僕の部屋とは真ん中にテーブルを挟んだ形になった。


ヒタ……ヒタ……


(近づいてくる……!?)


私はポケットからナイフを取り出し、身構えた。

戦えるか戦えないかではない。やらなければやられるんだ!
身体の震えを押し殺し、目の前のそれに意識を集中させる。


ヒタ……ヒタ……


中央の部屋に近づくにつれ、徐々に姿形があきらかになる。


暗闇の中から現れたのは、酷くやつれた姿の少女だった。

31: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:14:37.10
アルビノ、というやつだろうか。


白い髪に白い肌。
年齢はまりちゃんと同じか、少し上くらい。
小さな女の子。

部屋の明るさに少女は赤い目を細めていた。


「…………」

「…………………」


少女としばし見つめ合う。


「……あなたは、敵なの?」

「…………?」


私の問いに少女は首を傾げる。
この仕草を京子が見たら喜ぶかもしれない。



少女が血にまみれた白いローブを纏い、手に拳銃を持っていなければ……の話だが。

32: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:20:16.23
豆電球に照らされた狭い部屋。

そこには二人の女。
一人はナイフを、もう一人は拳銃を手に対峙。
この状況はなんなのだろう。


「…………」

「…………」


少女はじっとこちらを見つめている。
今のところ、襲いかかって来る様子はない。


「えっと……私の言ってること、わかるかな?」


ならば、と質問を変えてみる。
言葉が通じるなら何とかなるかもしれない。

少女はコクンと首を縦に振る。
通じた!


「手に持ってるそれ、置いてくれないかな? 私もこれ、しまうから……」


ナイフをポケットへとしまう。
……少々軽率かもしれないが。


間を置かず少女も拳銃をゴトリと床に落とした。


「…………」

「…………」


再び見つめ合う二人。
この状況はなんなのだろう。

33: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:24:16.23
黒い本によればあの部屋には『良い子』と『いいもの』があるらしい。
この少女が『良い子』なのだろうか。


「えーっと……あーっと……ごめん、聞きたいことが多すぎて何から聞いていいのかわかんないや……」


まだ頭が混乱してるのかもしれない。
誰かと話をすること自体が随分久しぶりのような気がする。


そんな私の様子を見て少女は少しだけ笑った。
二人の間の空気が和らいだ気がした。


少し考えた後、今度は私の方から少女に近付く。

34: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:26:51.45
少女の側まで行き、目線を合わせるようにして屈む。


「私は結衣。あなたの名前は?」

「…………」


困ったようにこちらを見つめる少女。


「……もしかして、喋れないの?」

コクン。
肯定。

……喋れないとなると、質問の内容は限られるかな。

少女は申し訳なさそうな表情でこちらを見ている。
頭を撫でてみる。


「…………」


されるがまま。
かわいい。


なでなで。なでなで。なでなで。


「…………♪」


嬉しそうに顔を綻ばせる少女。
かわいい。

35: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:30:04.66
時間を忘れ少女と戯れたくなる衝動をなんとか抑えた。
質問を続ける。


「あなたはどうしてここにいるの?」

困ったような顔。


「あの拳銃は使ったの?」

フルフル、否定。


「そのローブの血は?」

少女はキョトンとしたあと自分が着ている服を見て……固まる。
ベットリとついた血痕に驚いた様子。
今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ている。


「ご、ごめん! よしよし、いい子いい子……えーっと、じゃあ毒入りスープってなんの事だかわかる?」


かわいそうだが質問を止める訳にはいかない。
再び頭を撫でながら聞く。
フルフル、否定。


「そっか……あなたが居た部屋に『いいもの』があるらしいんだけど、中に何かあるの?」


少しの沈黙。
コクン、控えめな肯定。


……なんだろう。
やはり部屋の中にはなにかがあるようだ。

36: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:34:54.76
私は少女への質問を一旦切り上げることにする。

暗い室内を調べるには光源が必要だ。
蝋燭を持っていこう。
そう思いテーブルの上の蝋燭を見て、気付く。


短くなってる。


見つけた時は火を着けたばかりのそれに思えたが、今は半分よりも少し下くらいの長さだ。

時間は、確実に経過している。

私の不安を悟ったのか、少女は心配そうな表情で私を見る。


「……大丈夫だよ」


そう言って軽く笑ってみせる。
自分にもそう言い聞かせるように。

コクン。

頷いてから彼女は私の横に並ぶ。
ついてきてくれるようだ。


「ははっ……じゃあ私が少し先を歩くから、あなたは後ろからついてきて」


コクン。

蝋燭は左手で持とう。探索開始だ。
私と少女は闇の中へと足を進めた。

37: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:37:51.20
部屋の中は思ったよりも奥行きがある。
そこそこの広さだ。

コンクリート製の天井と壁。
中央の部屋と同じような造りだが、目に見える範囲に特に気になるものはない。

クイッ。
少女に制服の裾を引かれる。


「…………」


部屋の左奥を指差す少女。
なにかあるのだろうか。

少女の案内を頼りに足を進める。


……見えた。黒い影。


明かりに照らされ明らかになったそれ。
首から上がない、男の死体だった。


(うお…………)


後ろの少女を見やる。
申し訳なさそうな表情。
さっきの控えめな肯定の答えはこれか。


なんにせよ、これが『いいもの』には到底思えない。

38: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:40:39.93
(調べなきゃ、ダメだよな……)


蝋燭の火を頼りに死体へ目星を送る。

死体を見つけ驚きはしたものの、大きく取り乱すようなことはなかった。
この短時間で異常事態への耐性が付きつつある自分が恐ろしい。


男が着ていたのはごく普通のワイシャツとスラックス。
ワイシャツには男のものだと思われる血液が付着。
年齢は……ちょっと判別が付かない。
中年の男だと思う。


男が死んでからそれなりの時間が経っているのだろう。
ワイシャツに着いた血液はドス黒く変色していた。


「この人、誰だか分かる?」


私の背に隠れるようにしていた少女に尋ねる。
死体への目星を続けながらの質問なので少女との目線は合わせない。


フルフル、首を横に振る気配。

39: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:42:31.21
「……あなたがやったの?」


一瞬の間。
フルフル、首を横に振る気配。


「……そっか。ごめんね、変なこと聞いて」


かなり踏み込んだ質問だが聞かずにはいられなかった。
沈黙を誤魔化すように私は目星に集中する。


しばらくして男の右手が握り拳になっていることに気がついた。
……触りたくない。
触りたくはないが、今さらそんな事は言っていられない。

死後硬直の影響だろうか。 
男の指は固く閉じられている。


(冷た……くそっ…………!)


蝋燭を床に置き、両手を使って男の指をこじ開ける。
男が握っていたのは1枚の紙片だった。

40: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:45:16.94
蝋燭の側でくしゃくしゃになった紙片を開く。
そこには文字が書かれていた。

……この男が遺したものなのだろうか。

手書きだったが筆跡は乱れておらず、問題なく読み取れる。
内容は以下の通りだ。


『それは名前もない貴方の下僕です。
言われたことは嫌でも絶対に従います。
無口だけど人懐っこい良い子なので、
可愛がってあげてください』


私は少女を見る。
少女は黙って私を見つめ返す。


「……出ようか」


メモをポケットに仕舞い、蝋燭を手に取り立ちあがる。
そして、右手で少女の左手を握った。

一瞬驚いた様子の少女だったが、小さく笑ったあと、私の手を握り返してくれた。


二人で並んで部屋を出た。

41: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:49:01.71
中央の部屋へ戻ってきた。
少女をイスに座らせ、私も向かいのイスに座る。

チラリ。

床に落ちた拳銃に目をやる。
少女が最初に持っていたものだ。


あれが『いいもの』なのか?


正直、『いいもの』とは毒そのものの事だと思っていた。

礼拝堂を除いて調べられる場所は全て調べたはずだ。
なのに、それらしいものは未だ見つかっていない。


……やはり、礼拝堂に入るしかないのだろうか。

拳銃で武装したとして、あの蛇に勝てるかどうかを考えてみる。

鱗はかなり堅牢そうに見えた。
そもそも私は拳銃など撃った事がない。
運良く命中させたとして、ダメージが通るかどうかすら怪しい。
身体を撃たれた蛇は当然怒り狂うだろう。
そして、怒りのまま、私を……。

目前まで迫った死の恐怖を思い出す。身震いがした。


(…………うん、無理だ)


交戦は絶対に避けるべきだ。
これは決定事項。

42: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:52:21.90
振り出しに戻った。
テーブルの上の蝋燭は更に短くなってる。
時間が、惜しい。


(今までの情報を思い出せ……なにか見落としはないか?)


最初に調べたのは書物庫。
そこで見つけた本にはそれぞれの部屋の説明が書いてあった。


(南の礼拝堂には毒の資料があって……神が眠ってて……それから番人が……)


脳に電流が走る。
なぜ今までその記述を忘れていたのだろうか。
その項目の最後の一文。


『番人は供物を捧げなければいなくならない』


やめろ。


私は、なにを、考えている。

43: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:54:54.71
供物とはなんだろうか。
やめろ。


鍋に詰まったバラバラ死体?
やめろ。


東の部屋には男の死体があった。
やめろ。


そして、もう一人……。
やめろ!!!!


『それは名前もない貴方の下僕です。
言われたことは嫌でも絶対に従います』


「ああぁあぁあぁああああ!!!!!」


バラバラにされた死体を見てすこぶる吐いた。

圧倒的な存在を前に死を覚悟した。

緊張と混乱の連続。極限状態。



私の精神は、限界だった。

44: 名無しの七森 2016/09/13(火) 15:59:56.75
少女が怯えている。
目の前の人間が突然叫び出せば、そうなるだろう。


私はスッと立ち上がる。
少女は今にも泣き出しそうな顔だ。


私は少女と見つめ合う。
私を気遣うような、心配するような、視線。


私はポケットに手を入れる。
冷たい感触。
少女の顔は……よく、わから、ない。



私はナイフをとりだす。
わたしは、ナイフを……

45: 名無しの七森 2016/09/13(火) 16:00:53.80
ぐさり。

血。


ぐさり。

血が出ている。


ぐさり。

血が出ている。


声にならない少女の悲鳴。



少女は私に詰め寄る。

それを振りほどこうとして、
私はその場に崩れ落ちる。


ナイフは私の足に深々と突き刺さっていた。


意識が遠のく。
血が、出ている。

49: 名無しの七森 2016/09/13(火) 17:45:28.38
「結衣せんぱーい! お茶のおかわり淹れました!飲んでください!」


「あぁ、ありがとう」


「ちなつちゃんちなつちゃん! 私の分は!?」


「最初に淹れてあげたじゃないですか……あとは自分でやってください」


「えぇー!? やだやだ! ちなつちゃんが淹れてくれたお茶じゃないとやーだー!」


「おいこら。あまりちなつちゃんを困らせるなよ」


「結衣先輩……! 私の事を想って……!」


「ちぇー! じゃあこっち飲ーもう! いただきまーす!」


「んん!? それあかりのお茶だよねぇ!?」


「こら京子! まったく……」

50: 名無しの七森 2016/09/13(火) 17:48:29.06
………
……



全てが夢ならよかったのに。
左ももの鋭い痛みで私の意識は覚醒した。


「…………!」


傍らには白い少女。
私に寄り添うようにして涙を流している。

ももの付け根は白い布で止血がされてあった。
ローブの切れ端だろうか。
この少女が、手当てをしてくれたようだ。

意識を取り戻した私に気付いた少女は、私の胸に頬を寄せ、泣いた。
少女に抱擁される形となる。


「ごめん……ごめんね……私、よく分からなくなっちゃって」


そっと少女の頭を撫でる。
少女の涙は止まらない。


バカなことをした。
自暴自棄になり、自分で自分の身体を傷つけた。
自分の心の弱さが嫌になる。

そんな私をこの少女が救ってくれた。


「………………!!」



必ず、ここから脱出する。
私一人でじゃない。
少女と、二人で。

51: 名無しの七森 2016/09/13(火) 17:53:11.37
「っ…………!」


痛みはあるが、なんとか立ち上がることが出来た。
自分でやったことだ。弱音は吐けない。

少女は気が気でないといった表情で私を見つめている。
私の身体にくっついて離れようとしない少女を離れさせるのには苦労した。


そのままよろよろとした足取りでイスへ向かい、座る。
少女は向かいのイスには座らず側にいてくれるようだ。
心配させてばかりで申し訳ないと思う。

テーブルの上の蝋燭は4分の1程度の長さになっていた。

気絶していたのは10分か、20分か。

なんにせよ、時間はあまり残っていないと見るべきだろう。


『礼拝堂』の探索は諦めよう。
現状あの蛇をどうにかする手段はない。
例えそれが間違った選択だとしても、私は少女を犠牲にしての生還は望んでいない。

必ず二人で脱出するんだ。

52: 名無しの七森 2016/09/13(火) 17:55:47.85
頭の中でグルグルと思考を巡らせる。
今まで探索の結果を振り返る。


書物庫には黒い本と蝋燭。

調理室にはバラバラ死体と銀食器。

礼拝堂には蛇。

下僕の部屋には少女と首のない死体。ついでに拳銃。


どうすればいい?
このまま八方塞がりなのか?


私のことなどお構い無しに蝋燭は燃えつづける。

53: 名無しの七森 2016/09/13(火) 17:57:40.67
「ふぅ……」


小さく息を吐く。
傍らの少女は不安げな表情で私を見つめている。


(ほんとに小さな子なんだな……)


改めてそう思う。
年齢は私よりもずっと下。
やつれていることもあり、儚げに見える。


「………?」

「あぁ、なんでもないよ。ごめんね」


まりちゃん、元気かな。

先日まりちゃんを連れファミレスへ行った時の事を思い出す。
限定のミラクるんグッズが貰えるとかで。京子の提案だった。
みんなでデザートを食べて……楽しかった。
まりちゃんもグッズを貰えて嬉しそうにしてたっけ。
……その後ひと悶着あったのだけれど。


考えてみれば、今私たちが置かれている状況もちょっとしたお食事会と言えるのかもしれない。

メニューは美味しい血のスープ。
アホか。

54: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:01:13.57
思えば二人の姿はボロボロだ。

少女のローブは最初から血にまみれていたが、今はその上に私の血も付いてしまっている。
もはや赤いローブに白い模様がついている、と言った方が正しいのかもしれない。

私も私でブラウスは血で真っ赤。
血の海に倒れ込んだのだから当然だろう。
元々赤い色をしている制服部分も酷いことになっている。
足から血を流したのだからスカートは特に悲惨だ。
これは洗っても落ちそうにない。


(あれ?)


小さな違和感。

なんだろう、胸騒ぎがする。


スカートの裾に付着した、血ではない色。違う色。

黒。

こんなもの、いつ付いたのだろうか。

なにかを拭ったような、掠れた黒。


あぁ、そうだ……これは…………。



「あったじゃないか……! 得体の知れないもの……!」


絶望的な状況の中で、一筋の光明が差した。

55: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:05:51.60
私はイスから立ち上がった。

すかさず少女が腰にしがみ付いて来る。
彼女はキッとした視線を私に送る。


「…………!」


「座ってろ」という事なのだろうか?
だが、聞いてはいられない。時間がない。

私は少女の目を見て言う。


「今からちょっと忙しくなるんだ。でも私は足がこんなだから……あなたも手伝ってくれる?」


沈黙。
もう何度目のやり取りだろう。


しばらくして、少女はゆっくりと腰から離れる。


コクン。


私の目を見て、力強く頷いた。

56: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:08:42.84
目的地は書物庫。

だがここにきて本に書かれていた誓約に引っ掛かる。

『本を持ち出してはいけない』

ならばと私は少女に言う。


「あそこの部屋に行って、棚からお皿を1枚持ってきてくれるかな? 下の方の棚ならあなたでも届くと思うから」


コクン。

少女は調理室の方へ駆けて行った。

私も動かなくては。

テーブルの上の蝋燭を持ち、歩き出す。
足の痛みに眉をしかめる。
弱音を吐くな、歩け。



扉の前まで歩いた私はそのまま木製の扉を開ける。
あるはずの光源を無くした室内はうす暗かった。

57: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:11:44.24
向かうは右手奥の棚。
蝋燭の明かりを頼りに進む。


「あった……」


棚から黒い本を取り出す。
本は相変わらず黒い液体で湿っていた。


(後は、これを……)


続いて少女が室内にやってきた。
腕には大事そうに銀の皿を抱えている。
グッドタイミングだ。


少女から受け取った皿を床に置き、その上から本をかざす。


ポトリ、ポトリ


銀の皿へと黒い水滴がしたたり落ちる。
……なんとか上手く行きそうだ。

58: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:13:29.75
変化はすぐに起きた。

まばゆいばかりの輝きを放っていた皿が、黒く変色しだしたのだ。
それもただ変色しただけではない。
黒い液体の通った跡にだけ、変化が起きている。


……そういえばどこかで聞いたことがあるような気がする。
銀は古来より毒味に使われていた事を。


(なんで今さら思い出すのかなぁ……)


自分のバカさ加減にうんざりだ。
無事に帰れたのなら少しは勉強することにしよう。


しばらくして皿には充分な量の液体が溜まった。
黒い液体。
これが、毒だ。

59: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:16:54.51
少女とともに書物庫を出る。
液体入りの皿は少女に持ってもらった。


再び中央の部屋。
テーブルの上に銀の皿と蝋燭を置く。
一息付きたいところだが休んでいる暇はない。

少女の方を見やると

「次はなにをすればいいの?」といった表情。

その姿に少し癒される。
やる気は十分のようだ。



少女を連れ今度は調理室へと向かう。

部屋に入ると私は早速棚の物色を始めた。
必要なのは大皿が1枚、小皿が2枚、おたまが1つ、スプーンは……とりあえず5本ほど。

小皿2枚は少女に頼んで中央の部屋へと持っていって貰う。

そのまま部屋で待っていてくれ、と頼むと少女はもの凄い顔をした。
不安と恐怖と悲しみをごちゃごちゃにしたような。そんな顔。

「必要なことだから」と私は少女を抱き締めて諭す。

少女は渋々といった様子で了解してくれた。

60: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:20:18.09
私は手に大皿とおたまを持ち、よろよろとガスコンロの方へ向かう。


(息は止めておく。そしてなるべく血以外の物が入らないように……)


頭の中でシュミレーションする。
この作業だけは少女にやらせる訳にはいかない。

私は意を決して鍋の蓋を開けた。


バラバラ死体! 無視!
血液掬う! 早く早く!
蓋閉める! 終わり!!


乱暴に蓋を閉められカラカラと音を立てる鍋。
作業を終え、私は大きく深呼吸をした。

……少女のもとへと戻らなくては。

61: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:22:42.61
中央の部屋へと戻ってきた。
手には大皿に注がれた血液。


私の姿を見つけた少女に抱きつかれそうになるが、目で制止を掛ける。
気持ちは嬉しいけど、今は不味い。

少女はなんとか踏み留まってくれた。
……シュンとしないで。お願いだから。

テーブルの上に大皿を置く。
ポケットに入れておいたスプーンもすべて置いた。


「これで全部かな……」


隣で居心地悪そうにしていた少女を抱き寄せる。
少女は腕の中で嬉しそうに目を細めた。

62: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:24:44.53
最初から部屋に置かれていた赤いスープ。
木製の皿に入っている。

ついさっき私が持ってきた赤いスープ。
こちらは銀製の大皿に入っている。

どちらも同じものだろう。
人間の血液だ。


私は二つのスープを一つの皿へとまとめることにする。
木製の皿のスープを大皿へとくわえ、それを銀のスプーンで混ぜ合わせる。

大皿とスプーンに変化はない。



次に書物庫から持ってきた黒い液体。

液体が入った銀の皿は既に黒く変色しているが、一応確認。
新しいスプーンを黒い液体に浸してみる。


みるみる内に黒ずむスプーン。
やはり銀は毒味に使えるらしい。

63: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:28:23.55
さらに黒い液体を大皿へと流し込む。
大皿にはなみなみと液体が注がれている。
深めの皿を選んでよかった。


私は新しいスプーンでそれをかき混ぜる。
大皿とスプーンは黒く変色していく。


(毒入りスープの出来上がり、ってね……)



最後に私は大皿のそれを2枚の小皿へとそれぞれ移し替えた。

小皿に入った毒入りスープ、二人前。

それもスプーンで確認。黒く変色。


これで全ての準備は整った。

64: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:31:10.78
私はテーブルの上の蝋燭に目をやる。
蝋燭はもう1センチ程の長さしか残っていなかった。
本当にギリギリだったらしい。


私は少女と向き合う。


「私は、これまでに見付けた手懸りから、このスープを飲めば元の世界に帰れるんじゃないかと思ってる」

「…………」


「薄々気付いてたかもしれないけど、さっきの黒い液体。あれ、毒だ。飲んだら死んじゃうかもしれない」

「…………」


「それでも、私はこのスープを飲もうと思う。元の世界に帰りたいから。それでね……私は、あなたにもこのスープを飲んでもらいたい」

「…………」


「これは頼みじゃなくて……願い。あなたがスープを飲みたくないのなら、そう言って欲しいの。あなた自身の思いを、聞かせて欲しい」

「…………」


伝えたい事はすべて伝えた。

メモに書いてあったことが本当なら、少女に飲めと一言命令すれば飲んでくれるのだろう。
自分の意思とは無関係に。

でも、それではダメなんだ。

私を救ってくれた少女。


この子自身の意思で、決めて欲しい。

65: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:34:57.06
私との目線を外し、俯く少女。

小さな身体は震えていた。

怖いのだろう。
当たり前だ。私だって怖い。


沈黙。
時間は無常にも過ぎていく。


テーブルの上の蝋燭はもうボタン電池ほどしか残っていない。
……タイムリミットだ。


「ありがとう……あなたに会えてよかった」


少女を一人残していくのは忍びない。

しかし、スープを飲みたくないのならそれでいいと思う。
それが少女の選択なのだから。
それを責める権利なんて誰にもない。


願わくば、少女が無事に帰れますように。

66: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:37:30.75
立ち上がり、少女に背を向けた瞬間。
スカートの裾をギュッと掴まれる。

私は振り返る。

少女は泣いていた。

涙で顔をめちゃくちゃにしながら、


コクン。


一度だけ頷いた。



私は少女を抱き締める。


「……ごめんね……ありがとう……」


私も、泣いていた。

67: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:40:03.99
二人は並んで皿を持つ。

少女の様子を伺う。目が合う。

少女は小さく笑った。私も頬笑み返す。


そして一気に、

スープを、飲み干した。


瞬間。


呼吸と心拍が激しくなっていく。

身体中の血液がグツグツ煮えたぎるような感覚。

立って、いられない。

頭が痛い。胸が痛い。全身が、痛い。

隣の少女も苦しそうに悶えている。

私は力を振り絞り、少女を傍らへと寄せる。


しばらくもがいたあと、やがて少女は動かなくなった。


(ごめんね……)


わたしも……もう……げん……か…………



視界が真っ白に染まり上がる。

68: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:43:15.63
………
……



ここはどこだろう。
白い。白くて、なにも見えない。


『 見 事 だ ! 』


吠えるような、声。


『 勇 敢 な る 者 よ ! 』


『 現 へ と 還 る が い い ! 』



最後に、そう聞こえた。



……
………


次に目が覚めたとき、私は自室のベッドの上で横になっていた。

69: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:47:27.93
………
……



あの奇妙な夢を見た日から既に2週間以上が経つ。

夢から覚めた私はまず最初に自分の足を確認した。
ナイフでグサグサに刺したはずの左もも。

しかし、そこには傷ひとつ付いていなかった。


「……ふぅ」


結局その日は学校を休んだ。
雨に濡れたせいで体調を崩して……担任にはそんな説明をした気がする。
実際体調はすこぶる悪かったのだ。バチは当たらないだろう。

夕方見舞いにやって来た京子たちの姿を見て、不覚にも泣いてしまった。
珍しく綾乃と千歳も来ていて、それがまた嬉しかった。
……泣いている私を写真に撮ろうとしていた京子にはゲンコツをお見舞いしておいたが。


翌日からは普通に学校へ行った。

いつも通りの日常。
いつも通りの時間に目覚め、
いつも通りに授業を受け、
放課後はいつも通りに部室で京子たちと過ごす。

かけがえのない、そんな日常。

70: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:50:35.91
まりちゃんにも会いたくなった。
おばさんの家に電話を掛けると、ちょうど今度の日曜にまりちゃんと遊んで欲しかったそうだ。
私は二つ返事でOKした。


今日がその日曜日。
私はまりちゃんと二人で近所の公園にやって来ていた。


小さい子供はパワフルだ。
たっぷり遊んだはずなのにまだまだ遊び足りないという。
今は公園にいた同年代の子供たちの遊びに混ぜて貰っている。
……私はというと、疲れ果ててしまいベンチで休憩中。


(体力には結構自信があったんだけどな……)


なんとなく、左ももを撫でてみる。


「おねーちゃーん!」

「ん? はーい」


まりちゃんが戻ってきた。
そろそろ日が暮れる、おばさんもまりちゃんを迎えに来るだろう。


「もういいの?」

「うん!たのしかった!」


とびきりの笑顔。
私は「よかったね」とまりちゃんの頭を撫でる。

71: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:53:37.63
まりちゃんはくすぐったそうに顔を綻ばせる。


「はじめてみる子となかよくなったの!その子とずっとあそんでた!」


誰とでもすぐに打ち解けられるというのは子供の特権かもしれない。
私は、それを少し羨ましく思う。


「へぇ、どんな子だったの?」

「うんとねー! しろい子!すっごくかわいかった!」


頭を撫でる手がピタリと止まる。

白い子?

私はまりちゃんに詰め寄る。


「ま、まりちゃん!? その子は今どこにいるの!?」

「? もうかえったよ? まり、ばいばいーしたもん」


脳裏に浮かぶのはあの少女。
慌てて公園を見渡す。
夕暮れ時だ。
既に公園内の人の姿もまばらになっている。


それらしき姿は、見当たらない。

72: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:55:53.29
「おねーちゃんもあの子とあそびたかったの?」


「うん、そうだね……その子は何か言ってた?」


「おねーちゃんをみてやさしそうっていってた! まり、じまんのおねーちゃんだっていったの!」


「! そっか……そうなんだ……」



「えへへー! ? おねーちゃん、ないてる? おなかいたい?」


「…………ううん、大丈夫。なんでもない……なんでもないから……」


「おねーちゃん……」

73: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:57:20.37
あの出来事が夢だったのか、それとも現実だったのか。

それは今でもわからない。

しかし時間が経てばすべてが記憶から消えていくことだろう。


恐怖も。

痛みも。

少女のことも。


私の異常体験は終わったのだ。


今はただ、いつも通りの日常を、大切にしたい。

そう思った。

74: 名無しの七森 2016/09/13(火) 18:58:08.67
探索者名:船見結衣

探索結果:生還

クリアボーナス:SAN値+10

クリアボーナス2:SAN値+6(条件:少女の生存)



原作
クトゥルフTRPGやろうずコミュ
泥紳士様制作 『毒入りスープ』


75: 名無しの七森 2016/09/13(火) 19:15:23.15
結衣のステータスしりたい

76: 名無しの七森 2016/09/13(火) 20:07:30.60
クトゥルフ知らんが面白かったで

78: 名無しの七森 2016/09/13(火) 20:59:40.00
窓に!窓に!

79: 名無しの七森 2016/09/13(火) 21:14:31.60
いあ!いあ!ゆるゆり!

80: 名無しの七森 2016/09/13(火) 21:16:18.00
わきが!わきが!

81: 名無しの七森 2016/09/13(火) 21:27:24.98
こんなとこまで沸くなよ

82: 名無しの七森 2016/09/13(火) 22:31:37.93
ちなつ編、京子編、あかり編の順で頼む

84: 名無しの七森 2016/09/13(火) 23:31:21.34
おもしろかった

85: 名無しの七森 2016/09/13(火) 23:46:04.31
あかりちゃん即発狂しそう

86: 名無しの七森 2016/09/13(火) 23:50:26.48
SAN値低そう

87: 名無しの七森 2016/09/14(水) 00:16:23.66
歳納京子 ゆるゆり 京綾 結京 ねんどろいど 同人 なもり                                                                       

89: 名無しの七森 2016/09/14(水) 05:09:48.35
ワキガ編も是非頼む

95: 名無しの七森 2016/09/14(水) 22:42:42.55
毒入りスープ面白いよな
簡単なセッションに見えて黒幕かなり大物だし

99: 名無しの七森 2016/09/15(木) 03:12:20.63
「ありがとうございましたー」


目当ての参考書を購入し、本屋を出た。
その瞬間、むわっと伝わる湿気。
このところしばらく雨が続いており、ジメジメと不快で仕方がない。
空調がきいた店内に少々後ろ髪を引かれる。


(ひと雨、来るかもしれないわね……)


東の空に黒い入道雲を見つけた。

たまの晴れ間を見計らい買い物に出たものの、どうやら雨はまだ続くようだ。
鞄に入れた折り畳み傘を確認する。


使わずに済めばいいのだけれど。

100: 名無しの七森 2016/09/15(木) 03:15:07.30
つい先日も船見さんが雨に打たれ体調を崩したという。

私も歳納京子に連れられ、見舞いに行った。千歳も一緒に。
出迎えてくれた船見さんは思っていたよりも体調が悪そうだった。
熱はもう下がったと言ってはいたが、酷く疲れているように思えた。

……歳納京子は、構わず騒いでいたのだけれども。
結局最後には船見さんにゲンコツを食らっていた。
あれが幼馴染の距離感というものなのだろうか。


(……って、なに考えてるのよ、私は!)


歳納京子のことなんて、今はなにも関係ないじゃないか。


とにかく、見舞いに行っておいて自分も同じように風邪を引いたとなればいい笑い者だろう。

私は足早に帰路に着いた。

102: 名無しの七森 2016/09/15(木) 03:21:44.36
自宅まであと中ほどまで差し掛かった時、信号に捕まった。

国道に掛かったこの信号はなかなか色が変わらない。
普段なら大人しく待つのだが、このまま雨に打たれるのは癪だ。少しイライラする。


カチッ カチッ カチッ


私は信号機のボタンを続けて3度押した。
こんなことをしても意味など全くないのだろうが。



しばらくして信号が青へと変わる。
やはりここの信号は色が変わるまでが長い。
空を見ると雨雲はさらに近づいているように思えた。

家路を急ぐ。

103: 名無しの七森 2016/09/15(木) 03:31:47.53
横断歩道を渡ってほどなくした頃。
私は言い知れぬ不安に襲われ立ち止まった。


思えば信号待ちをしていた時から何かがおかしかったような気がする。
私はあそこで数分立ち往生をしていた。
私が目の前までやって来た途端に信号の色が赤へと変わったのだから間違いない。


しかしその間、車が1台でも通っただろうか?


チラリと左腕に付けた時計に目を向ける。
夕方5時、少し前。
普段ならせわしなく車が行き来している時間だ。
そんなことがあり得るのか?


私は周囲を見渡す。


駅に近いこともあり、この往来は人通りがとても多い。
実際、自宅から本屋へと向かう途中にもたくさんの人を見た。


「どうして誰もいないの……!?」


しかし今は人影一つ見当たらない。
車の排気音すら聞こえない。

夕暮れの街はあまりにも静かすぎた。
背中に冷たいものを感じる。



突如、けたたましい音が鳴り響く。

104: 名無しの七森 2016/09/15(木) 03:37:52.73
「ヒッ!」


飛び上がらんばかりに驚く。
不意を突かれ腰が抜けそうになった。
身体を硬直させ音に耳を傾けていると、すぐその正体に気付く。


(お、脅かさないでよ……!)


音の正体、それは17時の訪れを知らせるチャイムだった。
誰もが知っている童謡。
聞き慣れたはずのそれは、どこか不気味に思えた。


考えみれば、先ほど時計を見たばかりだったじゃないか。
……少し神経質になり過ぎているのかもしれない。


車が通らなかったのも、
周囲に人影が見当たらないのも、


すべては偶然。

たまにはこういう日もある。
無理やりにでもそう思うことにした。

106: 名無しの七森 2016/09/15(木) 03:43:01.94
見慣れた道を行く。
反響する足音だけがやけに大きく聞こえる。

自宅まで、こんなに遠かっただろうか?

早く家に帰りたい。
周囲には相変わらず人の気配はない。

気付けば私は走り出していた。


この焦燥感はなんなのだろう。
走る。走る。走る。
あの角を曲がって、少し行けば我が家だ。


「はぁ……はぁ……! ふぅ……」


あっけなく自宅の前まで着いた。
私は安堵のため息をもらす。

そら見たことか。
やはり私の考えすぎだったのだ。
先ほどまでの自分の焦りようを思い出し、苦笑する。


まずはシャワーを浴びよう。汗を掻いてしまった。
せっかく買った参考書だが、読むのはまた明日にしよう。
それから……。


ドアノブを回す。

ドアが、開く。



そこで私の意識は暗転した。

113: 名無しの七森 2016/09/15(木) 17:55:11.36
続き気になる

114: 名無しの七森 2016/09/15(木) 18:01:08.66
綾乃は対処できないタイプ

125: 名無しの七森 2016/09/16(金) 02:11:34.68
ちゃんと続いてて嬉しい

127: 名無しの七森 2016/09/16(金) 03:05:37.24
街の様子がおかしかった。

静かすぎる街。
私一人が世界から取り残されたかのような感覚に陥った。

そこから逃げるようにして走った。

家に着き、安心したのも束の間。
中へ入ろうとした瞬間。意識が飛んだ。


(な、なんなの……私は一体、どうなったの……!?)


どこまでも続く暗闇。
その中で私は目を覚ました。


必死で目をこらす。なにも見えない。

耳に神経を研ぎ澄ませる。なにも聞こえない。

しいてあげるならば、自分の心音と呼吸の音。
微かにそれだけが聞こえた。

128: 名無しの七森 2016/09/16(金) 03:11:17.01
身動きを取ろうと身体をくねらせる。
手足は問題なく動いた。

狭い。

伸ばした腕がなにかにぶつかった。
どうやら壁のようだ。
反対側の腕でも確認してみると、やはりすぐ壁に触れる。

この空間は、異様に左右に狭い。
圧迫感に息苦しさを覚える。


それはまるで、自分が今、
空間と空間の、ほんのわずかな隙間、
そのわずかな隙間の中にいるような……


ーーーー壁の中にいる。


そんなフレーズが私の頭の中をよぎった。

129: 名無しの七森 2016/09/16(金) 03:13:41.36
伸ばした腕で頭上を確認する。

天井の高さはそこそこあるようだ。
壁を支えにしながら、私は恐る恐る立ち上がった。

カラカラに渇いた喉から声をしぼり出す。


「すみません! 誰か、誰かいませんか!?」


静寂。
期待むなしく、それに応えてくれる声はない。

静寂の中、私はひとり呆然と立ち尽くす。

なんでも理屈っぽく考えてしまうのは私の悪い癖だ。
数少ない友人は、それも長所だと言ってくれたのだが。


ただ、今はその癖を呪う。
気付いてしまったのだ。

130: 名無しの七森 2016/09/16(金) 03:15:21.67
私は自分の横に手をやる。
そこには確かに壁があった。


パンッ


小さく手を叩く。


パンッ パンッ


続けてもう2度。


静寂。


私は自分の考えに確信を持つ。

反響が、ない。

音は跳ね返って来ず、響きもしなかった。
それは、どこまでも広大な空間で音を出したかのようで……


「ありえない…………!」


この場所が超常的かつ、異常な空間だということ。
それを本能的に感じ取った。

131: 名無しの七森 2016/09/16(金) 11:12:44.54
柏手兎

132: 名無しの七森 2016/09/16(金) 15:19:55.22
こっわ

160: 名無しの七森 2016/09/17(土) 07:08:29.94
そのとき私はハッと思い出す。
肩に掛かった重み、鞄の存在を。

慌てて鞄の中を探る。
手探りとなるが元よりそれほど物は入れていない。大丈夫なはずだ。


これは……違う、参考書。
これは……傘。
もっと奥の方に……。


薄く角ばった感触。
あった! 携帯電話!

私は手に取ったそれの電源を入れる。


(嘘でしょ……! ホラー映画じゃないんだから!)


ボタンを何度も押してみても反応がない。
液晶画面は暗いままだった。
充電は十分にしてあったはずなのに。

しばし携帯とのむなしい格闘が続いた。

161: 名無しの七森 2016/09/17(土) 07:16:42.85
壁に背を預け、その場に座り込む。
そのまま膝をかかえ、身体を丸めた。
固い床だ。座り心地が悪い。


無駄な時間を過ごした。
いくら触っても反応しない携帯電話は再びバッグの中へと仕舞っておいた。


これからどうするべきなのだろう。
このまま闇の中でじっとしていてもいいのだろうか。

ここで誰かの助けを待つというのもひとつの手だ。
山での遭難者はその場から出来るだけ動かずにいるのが正解だという話を聞いたことがある。
焦って動き出したばかりに体力を消耗してしまったり、あるいはそのまま滑落してしまったり。
そういったケースがとても多いのだとか。


(でも、救援の望みは……薄いでしょうね……)


この空間が常識では測れない、異質なものであるという事を感じてしまったのだから。
オカルトの類いは微塵も信じていない私でも、心の中でなんとなくそれを認めてしまっている。


理屈。常識。セオリー。


私が今までに培ってきたもの。
その外付けの視界は、この状況ではあまりにも頼りなかった。

162: 名無しの七森 2016/09/17(土) 07:23:02.84
今は何時くらいなのだろう。

左の手首をさすってみる。
時計は確かにそこにあったが、肝心の針が見えなかった。

そこでまたもや異変に気づく。
私は左手を自分の耳の方へとそっと近づけた。


秒針の進む音が聞こえない。


時計が、止まっている?


「勘弁してよ、もう…………!」


先ほどからこんなことばかりだ。
考えても考えても思考の渦から抜け出せない。
私はそっと目を閉じる。
目を開いていようが閉じていていようが、見えるものは変わらない。

闇。ただそれだけ。

五感の一つを奪われるということ。
それはこれほどまでに心細いのか。

再び思考の渦へと飛び込もうとした、その時。


………ァ…………



微かな音。

163: 名無しの七森 2016/09/17(土) 07:27:49.32
瞬間、底に沈みかけていた意識を引き上げる。


今、微かに音が聞こえた。
発生源は……どこ?
周囲の気配を必死で探る。

しかし、それらしい気配はどこにもない。

空耳?

いや、そんなはずはない。
いつもより機敏になった耳が確かに捉えた音だ。空耳であるはずがない。


「まさか……」


とてつもなく嫌な予感がする。
音の発生源にひとつ、心当たりがあった。

確認するのが怖い。

だってそうじゃない。
もしそうなら、私の、私のすぐそばに狂気が潜んでいたことになるんだもの。

冷や汗が出る。心拍が激しくなる。

そんな意思とは裏腹に、身体が勝手に動く。



私はそっと傍らの壁に聞き耳を立てた。

164: 名無しの七森 2016/09/17(土) 07:32:33.87
ごく小さな音がノイズのように聞こえる。


……ガ………………………………………


それは一定の言葉を刻んでいるようだった。
よく聞き取ろうと耳を澄ませる。


……ガ……………………ァ…………………


泡が囁くような、人間の物とは思えない不気味さ。
不快かつ、忌々しい発音の言葉。


……ガ……………………ァ…………………ン………………


それは決して音ではなく、言葉であるはずなのに。
私にはその言葉がなにを意味するのかがわからなかった。


むかむかとするような感覚と、理解できないものへの恐れで胸が支配される。


「…………ヒッ……!」


堪えきれず壁から耳を離す。

先ほどまで聞こえていた音がまだ、耳鳴りのように聞こえた。

165: 名無しの七森 2016/09/17(土) 08:05:45.92
ここでSANチェックの時間です

166: 名無しの七森 2016/09/17(土) 08:06:56.96
お股もチェックしろ

167: 名無しの七森 2016/09/17(土) 09:44:23.23
前作で結衣がゲロ吐いてるからワンチャン

169: 名無しの七森 2016/09/17(土) 11:00:19.08
綾乃ちゃんには荷が重いで

170: 名無しの七森 2016/09/17(土) 11:04:40.50
これはビヤーキーですわ(適当)

171: 名無しの七森 2016/09/17(土) 11:13:26.63
綾乃SAN値低そう

172: 名無しの七森 2016/09/17(土) 11:36:36.23
SAN値直葬ですわ


180: 名無しの七森 2016/09/18(日) 02:09:56.38
恐怖のあまり歯の根が合わない。
誰かに心臓を鷲掴みにされているような、そんな感覚に陥る。

おとなしく助けを待つ?
冗談じゃない。そんなことを言ってる場合じゃない!


ーーーーなにかが、壁の中にいる。


うじうじと考えて込んでいる暇など最初からなかったのだ。

おそらく私は『何者か』の手によりこの空間へと連れて来られた。
どうやってだとか、その目的だとか、そんなことは今はどうでもいい。


私の身に危機が迫っている。
それも、すぐ目前まで。


揺るぎないのはその事実。
一刻も早くこの空間から出なければならない。
……出口など、あるのかわからないが。


壁を支えになんとか立ち上がると、私は壁をつたって歩き始めた。

闇の中へと一歩、また一歩。

少しずつ進んで行く。

181: 名無しの七森 2016/09/18(日) 02:13:19.95
闇の中を進む。

どれほど歩いただろうか。
代わり映えのない景色は私の距離感を狂わせる。

……歩数を数えておけばよかった。

そう思ったところでもう遅い。


歩みのペースは一定だ。
もし、一歩先が深い穴だったら。
もし、得体の知れない存在と鉢合わせてしまったら。
そんな事ばかりを考えてしまう。


相変わらず両端は狭く、息苦しい。
この闇はどこまで続いているのだろう?
私は足を進め続ける。


しばらく進んだところで、前方から少し不穏な空気を感じ取った。


躊躇しながらも歩みを止めるわけにはいかない。
さらに進んでいくとその正体が明らかになる。


「そんな……行き止まり……!?」


前方には巨大な壁のようなものが行く手を阻んでいた。

182: 名無しの七森 2016/09/18(日) 02:15:15.23
私は目の前が真っ暗になったような感覚に陥った。
実際、周囲は真っ暗だったのだけれども。


(こんなのって、あんまりじゃない……!)


自分が歩いて来たばかりの道を振り返る。

暗闇。

またあの道を戻らなくてはいけないのか。
頭が痛くなる。
自らを鼓舞してなんとかここまでやって来たものの、私の心は確実にすり減っていた。


行き場をなくした私は目の前の壁にそっと触れてみる。


(なに、これ……?)


横の壁や床とは全く違う感触。

壁はとても柔らかく、あたたかい。
まるでふわふわとした毛皮か、
上質の毛布を撫でているかのような感触。

その感触にどこか懐かしいような、安心感を覚えた。

183: 名無しの七森 2016/09/18(日) 02:16:10.28
あかん

184: 名無しの七森 2016/09/18(日) 02:17:40.08
しばらく無心で壁を触っていた私だったがふと我に返った。


(なにをやっているのよ、私は!)


あらためて壁の様子を確認する。

この壁は明らかに異質だ。
しかし、不思議と恐怖は感じない。
やはりどこか懐かしいような、そんな感じがする。


今度は壁を軽く押してみる事にする。
私の手はまるでトランポリンの上で跳ねたかのようにふわりとやさしく押し返された。

いずれにせよ、やはりこの先に進む事は出来ないようだ。


少し考えて、私は来た道を引き返すことに決めた。
少しだけ心が落ち着いたようだ。
今度は歩数を数えて行くとしよう。

踵を返し、私は再び闇の中へと進み始めた。


190: 名無しの七森 2016/09/18(日) 08:22:16.27
そのまま前方に400歩ほど歩いた。
歩数を数えているだけで幾分か心持ちが楽だった。

私が最初にいた場所はとうにすぎたはずなのだが、視界はまだ開けない。
ずっと同じ場所をぐるぐると回っているような気さえする。

ふと壁に当てた自分の手の方を見やる。
伝わるのは冷たく、固い壁の感触。


(……もう一度、音を聞いてみようかしら)


一瞬そう思うも、慌てて頭を振る。

……やめておこう。

そんなことをしても、何の意味もない。

聞いているだけで精神を刻まれるような、あの不気味な音を思い出してしまった。
身震いがした。



その時。


ばさばさという羽音のような音。


近い。


その音を認識しつつも、私は身体を動かすことが出来なかった。

191: 名無しの七森 2016/09/18(日) 08:25:50.53
慌ただしく翼をはためかせたそれは、私の足元まで来て止まったようだ。

続けてピヨィピヨィという鳴き声。


「と、鳥……!? どうしてこんなところに……」


私の声に反応したのか。
それは再び翼をはためかせ、私の周囲を飛び始める。

夜目が利く種類の鳥なのだろうか?
暗く狭い通路に身体をぶつけることもなく、器用に飛んでいるようだ。
少し上空からばさばさという羽音が聞こえる。

ほどなくして、ゆっくりと降下してくる気配。
それは私の肩へと止まった。


「な、なに!? なんなのもう!!!」


私は慌ててそれを振りほどく。

鳥はふわりと飛び上がり、少しの旋回のあと今度は私の足元へと降りてきた。
そこから飛び立つ気配はない。


ピヨィ


ひと鳴き。
その声は少しだけ寂しげに聞こえた。

192: 名無しの七森 2016/09/18(日) 08:32:25.31
「あ……その、ごめんなさい……」


その声を聞いて、つい謝ってしまった。
相手は、鳥なのに。

私のとっさの一言に、足元のそれは相槌を返すかようにまたピョイと鳴いた。


(私の言葉を理解しているの?)


にわかには信じがたい。
しかし、その鳴き声は先ほどの寂しげな声色とも違うものだった。
まるで、「いいよ」とでも返されたかのような……



小さな頃、私は文鳥を1羽飼っていた。

昔から私は友達を作ることが苦手で、いつも家の中で本ばかりを読んでいた。
それを見かねた両親がペットショップで買ってきてくれた、オスの文鳥。

私はそれにすら最初はひどく怯えていたっけ。

193: 名無しの七森 2016/09/18(日) 08:36:53.77
その子に心を許すのに時間は掛からなかった。

切っ掛けは覚えていない。
気がつけば、寝ても覚めても一緒にいる。そんな存在になっていた。
そんな私の姿を見て両親も喜んでいたように思う。


別れは突然やって来た。


私が小学校に上がったばかりの頃だっただろうか。
学校から帰り、いつものように文鳥に餌をあげようと自室に入った。

そこに文鳥の姿はなかった。

そこにあったのは荒らされたゲージと、散乱した白い羽。
窓が、開いていた。


「野良猫の仕業だろう」


お父さんはそう言っていた。

私は自分を責めた。
窓を開けておいたのは私だったからだ。
近くで空を見れた方が、この子も喜ぶだろうと。
常識を知らぬ子供の、浅はかな考えだった。


それから…………。

194: 名無しの七森 2016/09/18(日) 08:42:28.54
ピョイ


その声で私はハッと顔を上げる。

少し、昔のことを思い出していたようだ。
その間、足元のそれはなにをするでもなく、ずっとそこにいたらしい。

敵では……ないのかもしれない。

というより、敵であれば今ごろ私はとっくに攻撃されていたはずだ。


(しっかりしなさいよ、綾乃……)


迂闊な自分を心の中で叱る。
私は未だに得体の知れぬ闇の中にいるのだ。
気を抜いていていいはずがない。

195: 名無しの七森 2016/09/18(日) 08:47:36.64
足元のそれは再び翼をはためかせると、そのまま飛び上がる。

上空からばさばさという羽音。
先ほどと同じ状況だ。

ゆっくりと降下しながら私の肩へと止まったそれを、今度は振りほどかなかった。


ピョイ


小さく鳴いたそれは、そのまま私の頬へと身体を寄せてきた。


(あたたかい…………)


先ほどの決意はどこへやら。
この異様な状況の中ですら、私の心は暖かいもので満たされていた。
とても、落ち着く。


「………一緒に来てくれるの?」


独り言を呟くかのように、そう訪ねる。
くどいようだが、相手は鳥だ。


ピョイ


歯切れのよい鳴き声がひとつ、返ってきた。

196: 名無しの七森 2016/09/18(日) 09:26:06.74
ピョイかわいいよピョイ

210: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:14:38.45
闇の中を進む。

数えていた歩数は飛んでしまったので、また一から数え直すことにした。
それでも私がすることは変わらない。
一歩ずつゆっくりと進んでいく。

肩の上の鳥はおとなしくしている。
小さく軽い鳥のようで、乗せて歩く負担はない。
まるで羽でも乗せているかのようだった。


そのまましばらく進んだところで、鳥がピィとひと鳴きした。
それはなにかを警告しているようにも聞こえた。

私は足を止め、前方に向け注意を送る。

するとすぐ前の床が小さく段差になっていることに気がついた。
このまま進んでいたら足を取られ躓いていたかもしれない。


「ありがとう」


そう言って肩の上の鳥を撫でた。
ふわふわとやわらかな感触。
鳥は私の指に身体をすりよせ甘えているようだった。

211: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:16:54.96
段差を越えてさらに進もうとした瞬間、再び鳥が鳴く。


「な、なに……!?」


驚いて前に出そうとしていた足を引っ込めてしまった。
鳥はピッ、ピッ、ピッと小さく続けて鳴いている。


(まだ何かあるの……?)


私はじりじりと摺り足で進むことにする。
新しい段差であればこれで見分けがつくはずだ。


コツン


爪先になにかが触れた。

212: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:20:25.47
伝わるのは固い感触。

爪先で突いてそれの正体を確かめようとする。
それは壁の端から端まで掛かっているようだった。


嫌な予感を感じながら、今度はそれの高さを確認する。

足首よりも、上。
膝丈よりも、上。


「そんな……まさか……」


私は腕を前につき出す。

ひやり。
冷たく固い感触。

腰よりも、上。
肩よりも、上。


「行き止まりなの……!?」

213: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:26:38.68
反対側の道は行き止まりだった。


つまり。
ここが通れないとなると、この空間に出口はないということになる。


「嘘よ……! 嘘うそ!! いやぁああああああ!!!」


私は反乱狂になりながらも、腕を伸ばしてそれの高さを確認する。

驚いたかのように鳥が私の肩から飛び立つ。
それに構っていられる余裕はなかった。

214: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:27:32.69
スカッ


目一杯腕を伸ばした先で、私の手が空を切った。


…………空洞が、ある!


私はそのままの姿勢で硬直した。
過呼吸気味になった呼吸を整えようとする。


(まだ、繋がってる……まだ、詰みじゃない……!)



それでも、カチカチと鳴る歯と溢れた涙は、しばらくおさまりそうになかった。

215: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:29:10.62
なぜこんなことになったのだろう。

それが何度目の自問かは忘れた。
いつから? いつからおかしかったの?
ごく普通に買い物をして、それから……
そんな当たり前のことがひどく昔のことのように感じられた。


しばらくして肩にふわりとした感覚。
あの鳥が戻ってきたようだ。
気を利かせてくれているのだろうか?
それ以上はなにをするでもなく、おとなしくしている。


私は顔を上げた。
そのまま前方の壁をペタペタと触る。
壁や床とはまた違うような手触り。
突起のような物はない、ツルツルとした平坦な壁だ。


(登らなきゃ……いけないのかしら……)


私の運動神経は並以下だ。
私の背よりも高い壁、くわえてこの暗がり。
結果は火を見るより明らかだろう。

216: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:31:19.94
どうしたものかと更に壁をまさぐる。

目線の辺りの壁を調べることを辞め、上部の空洞へと繋がるとっかかりに手をやる。
それ自体はかなりしっかりしたような造りに思えたが、
生憎ここから腕の力だけで壁をよじ登れるほどの筋力はない。

諦めて壁から手を離そうとした瞬間、なにかに触れた。


「ヒッ!」


反射的に腕を引き、壁から一歩後ずさる。

あれは、なに?
手の甲で軽く触れただけだが、明らかに異質な感触だった。
傍らの鳥がキャルルルと低くうなるような声をあげている。


しかし、無視するわけには、いかない。

217: 名無しの七森 2016/09/19(月) 02:36:42.45
再び壁の前まで近づき、恐る恐る腕を伸ばした。
手探りで先ほどの物体を探す。


あった。


それは手のひらに収まるほどの大きさだった。
四角い形をしている。
陶器のような感触。冷たい。


私はそれを両手で包み込む。


しばらくそれを触っていると、不思議な感覚に陥る。
暗闇の中で、なにかが、うっすらと見えてくるような。
なんだろう? あれは……



そのまま手の中のそれを持ち上げようとする。

218: 名無しの七森 2016/09/19(月) 06:16:24.18
ピィイイイイイイイイイイイイイ


耳をつんざくような、けたたましい鳴き声。
私はそれに身体を硬くする。


「え!? あ、ちょっと……!」


瞬間、ばさばさという羽音。
続いて私の手にのしかかるような羽毛の感触と、ずしりとした重み。


どうやら鳥はこの四角い物体の上に乗ってしまったようだ。
そのまま持ち上げようとしてみるが、手はピクリとも動かない。


『これを持つことは許さない』


まるでそんなことを言うように、鳥はそこから微動だにしない。
鳥本来のそれとは不釣り合いな手の重さに混乱する。

219: 名無しの七森 2016/09/19(月) 06:18:50.00
「……これを、持っちゃいけないの?」


鳥からの反応はない。
ただ、その場から動く気配はないようだ。


「……わかったわよ」


根負けした私は四角い物体からそっと手を離した。

ほどなくしてばさばさという羽音。
どうやら鳥もそこからのいたようだ。
そのまま再び私の肩の上に止まった。



腕を組んで壁の前に立ち尽くす。
これからどうしようか。


(やっぱりここを登るしか……でも、もし失敗して足でもくじいたら……)


これは重要な決断になる。
簡単に答えは出そうにない。

220: 名無しの七森 2016/09/19(月) 06:22:14.90
歳納京子 ゆるゆり 京綾 結京 ねんどろいど なもり 同人                                                          

221: 名無しの七森 2016/09/19(月) 06:23:03.60
チラリと後方を見やる。

果てしない暗闇。

最奥にはふわふわとした壁があった。
調べてはみたものの、そこから先に進めるような気はしなかった。
だからこちら側に出口があると信じ、ここまで歩いてきた。


(また戻るの? この道を…………?)


選択肢の一つに入れない訳にはいかないだろう。
……気乗りは、しないけど。


考えに詰まった私はなんとなく身体を反転させてみた。

まだ引き返すと決めた訳ではなかったが、立ち止まったまま考えているよりは幾分かマシと思ったのだ。
確かすぐ先には段差があったはず。
足を取られないよう気をつけなければ。

今まで支えに使ってきたものとは反対側の壁に触れる。
感触は同じものだった。冷たく、固い。


摺り足で一歩前に踏み出す。

222: 名無しの七森 2016/09/19(月) 06:27:27.39
ピィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!


先ほどよりも、更にけたたましい鳴き声。

鳥は肩の上に乗ったままばさばさと翼をはためかせている。
それは悲痛なほどに何かを訴えかけているように聞こえた。


「ま、またなの!?」


私は慌てて身体を反転し直す。
元の位置へと戻ったところでようやく鳥はおとなしくなった。


行くもダメ、戻るもダメ。
ではどうしろと言うのか。
私は泣きたくなった。


しかし、先ほどの鳥の様子は少し尋常ではなかったように思える。
おそらく、私になにかを警告しようとしていたはずだ。


(ここから離れるな、というよりは……)


私に警告するのと同時に、鳥自身もひどく怯えているように思えた。
そうだ。もっと的確に言うのであれば……


(あちらへ…………行くな……?)



そう理解した瞬間。
ゾクリと背中に冷たいものが走った。


228: 名無しの七森 2016/09/20(火) 02:20:54.12
少し考える。

この状況で私が取れる行動は限られている。
道を引き返すのは、やめておこう。
となれば……。

目の前の、壁。
私はどうしても『あれ』が気になった。
調べずには、いられない。


私は腕を伸ばす。
そして再び壁の上の四角い物体に触れた。
相変わらずのひんやりとした感触。

間を置かず肩から飛び立った鳥が、それの上に乗る。

先ほどと同じ状況になった。
鳥はやはりそこからのく気はないようだ。


間。


しばらくにらみ合いを続けたあと、私はそっと手を離した。
それを確認した鳥もそこから飛び立つ。


(……ごめんね!)


私は再び四角い物体へ向け腕を伸ばす。
鳥はピッとひと言、面食らったような鳴き声を上げた。

私の方が、早い。


手に掴んだそれを、私はすばやく持ち上げた。

229: 名無しの七森 2016/09/20(火) 02:26:19.66
瞬間。


身体の自由が効かなくなる。


「……え?」


理解が、追いつかない。


次にやって来たもの。


ふわりとした、浮遊感。


私は、それに抗うことが出来なかった。


四角い物体を手にしたまま。


私は。


「ふぎっ!」


前方へ向け、思いきり倒れこんだ。

230: 名無しの七森 2016/09/20(火) 02:31:09.65
「つぅぅ……いったぁ……!」


受け身を取る暇もなかった。
勢いのまま、私は床に額をぶつけてしまった。
額をさすってみる。
幸い出血はしていないようだ。


「な、なにが起きたの……!?」


あの四角い物体を手に取った瞬間、身体の自由が効かなくなった。
あの瞬間、私は前方の壁に身体を預けるようにしていたはずだ。
倒れこむ道理などない。


(まさか……)


膝を突いた状態で周囲を探る。

そのまま少し下がったところで床に小さな段差を発見した。
おそらく先ほど見つけたものだろう。

つまり、今私がいる場所自体は先ほどと同じ、
変わってないということになる。


立ちあがり、腕を前に出す。

ない。

壁が、ない!


「どうして…………!?」


そこにあったはずのものが、突然消える。
不可思議な現象に恐怖を覚えた。

231: 名無しの七森 2016/09/20(火) 02:36:43.26
少し上空から翼の音。


(あっ……)


ほどなくして、それは私の肩へと止まった。
すでにここが定位置になりつつある。

鳥からの反応はそれ以上ない。
少し気まずいような沈黙が流れる。
結果はどうあれ、警告を無視した形になってしまったのだから。


気を紛らすかのように、私は手に持ったままだった四角い物体を調べ始めた。
最初に手にした時のような不思議な感覚はしない。

まず疑問に感じたのがそれの重さ。
触った感じから陶器のようなものだと思っていたのだが、非常に軽い。
中が空洞になっていることが容易にわかった。
軽く叩いてみると同じく軽い音がした。

これを手に取った瞬間、目の前の壁が消えた。
間違いなく、なにか秘密があるはずなのだが。


(この暗さじゃ、それ以上のことはわからないわね……)


作業を中断し、それを肩掛けの鞄の中へとしまう。
道がひらけたのだ。先に進まなくては。


私は再び暗闇の中を歩き始めた。

237: 名無しの七森 2016/09/20(火) 21:10:03.34
一定の速度で歩みを続ける。

片手を壁に添え、右足を先に出す。
続いて左足。
幾度となく繰り返した工程。

傍らの鳥は黙ったままだ。
単純な作業が沈黙をごまかすのに丁度よかった。
先ほど打ちつけた額が、まだヒリヒリした。


少し進んだところで、突如沈黙を破った鳥がピイと鳴いた。


「え?」


踏み出した右足は止まらない。


ぬるり。


今までとは違った床の感覚に足を取られる。


「えっ!? ちょっ……! わっ、わっ、わっ!!」


咄嗟に横の壁で身体を支える。
バランスを崩しながらもなんとかそこに踏み留まることが出来た。

238: 名無しの七森 2016/09/20(火) 21:14:16.21
呆然とする私の傍らで鳥がまたひとつ鳴く。
それは私を気遣うような声色だった。
頬に触れるやわらかな感触。


「だ、大丈夫……ごめんね、せっかく教えてくれたのに……」


知らないうちに歩き方が雑になっていたようだ。
心の中でそれを猛省する。



(私は一体何を踏んだの……?)


少し後ろの床を足で探る。
床に変わったところはなく、以前までの硬さを持っていた。

更にくまなく周囲を探ってみるものの、それらしい物は見つからなかった。


(消えた……!?)


だがあの時とはまた状況が違う。

あの壁は四角い物体を手にしたことを引き金に消えたように思えた。
しかし、床に対して私は特別なことはしていない。
にも関わらず、床には何の痕跡もない。


これが意味することはなんだろうか?


瞬間、脳裏にひとつの考えが浮かぶ。

239: 名無しの七森 2016/09/20(火) 21:18:28.40
私は確かになにかを踏んだ。
しかし、床にその痕跡はない。


ーーーー突然壁が消える現象を目の当たりにしておいて、今さらなにを。


そう思うのは簡単だ。
この空間で常識が通用しないことなどとっくに分かっている。
深く考えずに先へと進むべきなのだろう。
しかし、思考は止まらない。


ーーーーでは、発想を逆転させてみてはどうだろうか?


消えたのではない。
それが、今もそこにあるのだとしたら。


私が今まで歩いてきた硬質な床。


それ自体が、
まるで水溶きの片栗粉のように、
柔らかくなれるものだとしたら。


そう仮定したところで、ひとつの疑問に突き当たる。


今までつたってきた硬質な壁。



ーーーーそれは本当に壁だったのか?


245: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:34:56.20
ピッ ピッ ピッ


その音で意識を引き上げられる。

傍らの鳥が短く続けて鳴いている。
聞き覚えのある、声色だった。


「この先に、なにかあるの……?」


ピヨィとひと鳴き。
肯定とみてよさそうだ。

そのままくりくりと身体を頬に押し付けられる。
黒いものに包まれそうだった心が、晴れていくのを感じた。


少し躊躇して、私は壁に触れる。
その感触は以前と変わらないものだった。



じりじりと先へ進むと、爪先になにかがぶつかる。
それはガンッと聞き覚えのない音を立てた。

246: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:37:52.96
「行き止まり……!?」


慌てて腕を前に伸ばし、すぐに前方のそれに触れる。
冷たく、ざらざらとした感触。
壁や床の感触とは全く違う。


しかし、異質な感触ではなかった。


私はこれに似た感触のものを、
この空間ではない場所で触ったことがある。


破裂しそうな心音。


伸ばした腕を引き、手の臭いを嗅いでみる。
錆びた金属のような、臭い。


(これって…………!)


再び前方の壁をまさぐる。
すると腰のあたりに突起をひとつ発見した。
突起は片手で握ることが出来るほどの大きさだった。

それを左右に軽く捻ってみる。
ガチャガチャという音がした。


(まわ………せる…………?)


ーーーーあぁ、そうだ…………これは…………!



私は突起をひねりながら、それを引いた。

247: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:38:29.85
クッキーモンスターやらワルツ云々の嗅いてたろ

248: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:40:25.65
瞬間。


青い光が差し込み、音が流れ込む。
急な光に目を開けていられなくなる。


目を瞑ったまま、私は音の正体を認識した。
激しい、雨音。


ゆっくりと目を開ける。
私の目に映ったのは鬱蒼とした草木。


どうやら、ここは森の中のようだ。


空はオーロラめいた青白い光に照らされ、青い霧が濃く広がっている。


突如、肩の上の鳥が空へと飛び立つ。


「あっ……!」


そこで私は暗闇の中連れ添ったそれの姿を初めて目にする。


小さな身体。
白い羽。
首から後ろへかけての、青い模様。



「待って!!!」


私の呼び声むなしく、
鳥は白い翼をはためかせ、振り返ることもなく空へと消えていった。

249: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:43:47.16
手に掴んだままだったそれ、ドアノブを離すと、一歩前に踏み出す。


むせかえるような草木の香り。
そのまま激しい雨に打たれる。

身を打つ水の感触は生々しいものだった。


突如、後方からバタンと大きな音がした。


「ヒッ!」


慌てて私は振り返る。

そこで見たもの。
ひとりでに閉じた扉が、少しずつこの場から消えていく姿だった。


私は、それを呆然と見ていることしか出来ない。

250: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:45:42.76
やがて扉は完全に消失し、そこには一人雨に打たれる私だけが残った。


『もう暗闇の中へと戻ることはできない』


心の中で私はそれを認識した。



空の色が一層明るくなる。


オーロラのような波形がゆらゆらと、不思議な動きをする。


まるで海の揺らめきを見ているかのようだ。


そのうちあまりの明るさに目をあけていられなくなった。

251: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:48:44.30
ーーー
ーー



「……の………………やの………」


誰かの、声?
わたし、わたしは…………。


「綾乃!!」

「え!?」


ハッとして顔を上げる。
そこにあったのは……


「お母さん……?」


心配そうに私の顔を覗き込む、母の姿だった。

慌てて周囲を見渡す。

そこは見慣れた、自宅の玄関だった。

252: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:51:56.74
「もう、やっと反応した! そんなにずぶ濡れになって……あなた、傘は持って行かなかったの?」

「え?」


母にそう言われ、自分の姿を確認する。
私の服はびっしょりと濡れていた。
まるで長時間雨に打たれたような、ひどい有様だった。


呆れたような口調で母が続ける。


「いいから、お風呂に入っちゃいなさい。着替えは用意しておいてあげるから」

「え、あ……うん……ごめんなさい……」


曖昧に返事をした私は、言われるがまま風呂場へと向かった。


風呂から上がった私は、
母に夕食はいらないと告げ、そのままベッドに潜り込んだ。

253: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:56:30.53
翌日、カーテンから差し込んだ光で私は目覚めた。
まだ、頭がボーッとする。


(夢、だったの……?)


昨日の出来事を思い出す。


気がついたら私は暗い空間にいて、
そこで鳥と会って、
最後にそこから抜け出して……


そこまで思い出して私は苦笑した。
あまりにも現実味がない。きっと夢だったのだろう。


ふらふらとした足取りでリビングへと向かう。
そこに家族の姿はなく、テーブルには1枚の書き置きがあった。


『用事があるので出掛けます。
キッチンのテーブルの上におにぎりがあるから食べること!
つらかったら今日は寝ていなさい。
             母より』


それを読んでから今日が休日だったことを思い出した。

……確かに、体調はあまりよくないようだ。

おとなしく母に従うことにしよう。

254: 名無しの七森 2016/09/21(水) 00:59:35.71
書き置きを読んだ私はキッチンへ向かった。

テーブルの上にはラップに包まれたおにぎり。
皿の上にちょこんと乗っていた。


ーーーーこれを食べたら寝てしまおう。


そう思いテーブルに近づいた。



瞬間。


それを目にした私は一瞬で意識が覚醒した。


「な、なんで…………!? 嘘でしょ!?」


昨夜、母に預けた鞄の中身だろうか。


テーブルのそこに置かれていたのは携帯電話と買ったばかりの参考書。


と。


見覚えのない、四角い物体。

255: 名無しの七森 2016/09/21(水) 01:04:37.51
一気に呼吸が荒くなる。
目が、霞む。


震える手でそれに触れると、ひやりとした陶器のような感触。
見覚えのないそれを、私は確かに触った覚えがあった。


手に取ったそれをよく見ると、不自然に小さくへこんでいる部分を見つけた。
爪が、ひっかかりそうだ。
爪を立ててみると四角い物体……『箱』は容易に開いた。


中から出てきたのは、折り畳まれた1枚の紙片。


私はそれを広げる。
そこには緑のインクでびっしりと文字が書かれていた。

日本語だ。

読み、取れる。


読み取れて、しまう。

256: 名無しの七森 2016/09/21(水) 01:06:44.14
『門の創造』


『空間と』


『空間を』


『繋げる』


『個と』


『個を』


『繋げる』


『門の創造』



私の異常体験は、まだ終わっていない。

257: 名無しの七森 2016/09/21(水) 01:08:53.54
探索者名:杉浦綾乃

探索結果:生還

クリアボーナス:SAN値+6

クリアボーナス2:SAN値+4(条件:鳥の生存)

クリアボーナス3:SAN値+2(条件:箱を持ったまま生還)

クリアボーナス4:未達成(条件:暗闇に潜んだ神話生物2種の正体を見破る)

取得魔術:『門の創造』(取得中)

取得技能:クトゥルフ神話技能+2



原作
WaKaMuRa
若村(じゃくそん)様制作 『壁の中にいる』


258: 名無しの七森 2016/09/21(水) 01:15:31.68
予定していたプロローグはこれで終わり
誤字脱字申し訳ない

ニコ動のとあるリプレイ動画に多大な影響を受けてます

259: 名無しの七森 2016/09/21(水) 01:22:20.02
『壁の中にいる』はシナリオ改編がかなり著しいです

http://imgur.com/hdLpYJq.jpg
http://imgur.com/Ensn8pM.jpg
の画像を見てたら書きたくなったというか鳥関連はほぼ全て俺設定ですすみません

意識暗転系シナリオはこれで最後にしようかなと思ってます
思い出したころに続きを書くつもりなのでそのときはまたよろしくお願いします

265: 名無しの七森 2016/09/21(水) 06:56:04.02
神話生物2種の正体は何だろ

266: 名無しの七森 2016/09/21(水) 07:11:13.18
トトロ

269: 名無しの七森 2016/09/21(水) 17:54:13.95
モフ壁はツァトゥグア
周りの壁は無形の落とし子びっしり        

271: 名無しの七森 2016/09/21(水) 19:10:58.97
どうやったら神話生物2種を見破れたんだろ

330: 名無しの七森 2016/09/28(水) 20:45:27.55
廊下の窓から西日が差し込む。
こんなにも綺麗な夕日はいつぶりだろう。
私はガラにもなく足を止めそれに見入ってしまった。

視線を落とせば、校庭で運動部連中が元気に練習をしている。
このところ雨が続いて満足に練習出来なかった反動だろうか。
その鬱憤を晴らすかのように部員たちは声を張り上げていた。


(健全だなぁ……)


ーーー絶賛青春謳歌中。

帰宅部同然の私の目にはそれが少し眩しく見えた。

陸上部顧問の南野先生から直々に陸上部への勧誘を受けたとき、
なんだかんだ理由を付けて断ったものの、本心ではほんの少し揺れていた。
昔から身体を動かす事は得意だったし、実際入学したばかりの頃に一度、陸上部の見学にも行っている。


なにかが違えば、今ごろ私もあの輪の中に混ざっていたのかもしれない。


といっても、今の生活に不満を感じている訳ではないのだが。
幸い私は気のいい友人に恵まれている。
その友人達と共にモラトリアムを貪るのも、一つの青春だろう。
……物は言い様ではあるけど。



332: 名無しの七森 2016/09/28(水) 20:52:24.41
(っと、いかんいかん)


こんなところで油を売っている暇はない。
教室では彼女が待っているはずだ。
私は両手に抱えた大量のプリントを持ち直し、再び歩き始めた。



あの奇妙な夢を見てからすでに一ヶ月以上が経つ。

夢に出てきた怪物に突然襲われる!

……ということもなく、私はすっかり元の平凡な日常へと戻っていた。
このまま時間が経てば、あの夢はじきに記憶から失われていくのだろう。

………時間が経てば、の話だが。

雨が降ると、私は未だに思い出してしまう。
あの夜の事を。あの夢の事を。


(明日からはまた、雨だっけ……)


六月。
梅雨はまだ始まったばかりだ。
美しい夕日に照らされながら、私は足を進める。

333: 名無しの七森 2016/09/28(水) 20:58:40.69
教室へ戻ると彼女は一人、席に座って作業に没頭していた。

茜色に染まった教室には私を除けば彼女一人しかいない。
彼女は作業に集中するあまり、私に気づいていないようだ。
少々声を掛けるのが憚られたが、そこまで気を使うほど知らぬ仲でもない。


「ただいま」


一言。
なるべく驚かせないようなトーンでそう言った。
そこで彼女はようやく私に気がついたようだ。


「おかえりなさい」


一言。
振り向いて彼女、杉浦綾乃はそう言った。

334: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:01:20.55
「これ、ここに置いておくから」


私は手に抱えていたプリントを手近な机の上へと降ろした。
一枚一枚は軽いとは言え、量が量なのでそこそこ疲れた。
そのまま肩をほぐしていると、綾乃から「お疲れ様」と労いの言葉をかけられる。


「ごめんなさいね、手伝ってもらっちゃって」

「いや、これクラスの仕事だろ? 別に気にしなくていいよ」


私がそう言うと、綾乃は小さく笑って「ありがとう」と返した。
なんとなくむず痒くなった私は、綾乃の正面の席からイスを拝借してそこに腰掛けた。


「何か手伝えることがあれば、言ってもらえれば」

「ありがとう。でも大丈夫よ、もうすぐ終わるから」


そう言って再び作業に没頭し始める綾乃。
「そっか」とだけ返して、なんとなくその様子を眺める。

早い。

やはりこの手の作業は手慣れているのだろうなと感じた。
私なら倍の時間は掛かるかもしれない。

335: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:07:52.38
放課後。
今日はごらく部の活動予定がなかったので早々に帰り支度をしていると、担任から呼び止められた。
正確には私や京子に向けてではなく、綾乃と千歳に向けてだろうが。


担任曰く
・クラス配布用の資料の作成と、倉庫整理の人員がそれぞれ一人ずつ欲しい
・資料作成は要点にマーカーを引いたり資料のホチキス止めをしたり、こまごまとした作業
・倉庫整理はそれぞれのクラスから人を集めて一気に行う、それが終わったら別の配布資料をそれぞれの教室まで持ち帰って欲しい
・おそらく二人それぞれ同じくらいの時間に終わるはず

とのこと。


チラリと担任の机に積まれた資料の山を見た。
とてもじゃないが、私や京子では時間内に終えられる気がしない。
綾乃か千歳が作業をすれば時間内にギリギリ、といったところだろうか。

半ば担任の思惑通りに資料作成は綾乃が受け持つことになった。

続いて「じゃあうちが………」とまで言いかけた千歳を私が制止。
力仕事を千歳にやらせるのはどうにも忍びなかった。
しばしの問答のあと、結局倉庫整理は私が引き受けることとなった。

……京子がいると余計に時間を喰う気がしたので、先に千歳と帰らせた。これはいい判断だったと思う。

336: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:15:45.69
「最近綾乃ちゃん、元気ないんよ……」


ふと、別れ際に千歳が言った言葉を思い出す。


さっそく作業を開始した綾乃を教室に残し、うだうだ文句を言う京子をあやしながら3人で昇降口まで向かっているとき。
千歳が神妙な面持ちでそう呟いた。


「え、綾乃が? う~ん……いつも通りに見えたけどなぁ」


腕を組んで首を傾げる京子。
いつも通りの杉浦綾乃、特に気になるようなところはない。
私も京子と同意見だった。
しかし、変わらぬ面持ちで千歳は続ける。


「うん、うちの思い過ごしならええんやけどな。でも、たまにどこか遠くを見て考え事しとるみたいで……」

「それはいつから?」


私がそう促すと千歳は少し考え込む素振りを見せる。
そして、しばしの沈黙の後こう答えた。


「えっと、一ヶ月くらい前かなぁ。ほら、船見さん、前に風邪引いて学校休んだやろ? あの時くらいからやったと思う」

337: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:22:24.55
「あー! あったあった! みんなで風邪っ引き結衣のお見舞いに行ったときっしょ?」


はしゃぐ京子とは対照的に、私は固まった。

一ヶ月、前?

背中にひやりと冷たいものが走る。
一ヶ月前、私があの夢を見た夜。
それと同じ時期から綾乃の様子がおかしい。千歳はそう言う。
これは偶然なのか、それとも。


「うん。せやから、船見さん……」

「……わかった。それとなく綾乃に聞いてみるよ」


私で力になれるかどうかは分からないけど、小さくそう付け加えて言った。
それを聞いた千歳はいくらか安心した様な表情になる。
……千歳も随分悩んでいたのだと、この時ようやく気がついた。

友人二人の変化を悟れなかった自分が情けない。

京子に耳打ちして、千歳のフォローは京子に任せることにした。
この時ばかりは無駄に自信に満ちたサムズアップが頼もしく見えた。


二人を見送り、
私は重い足取りで指定された倉庫へと向かった。

339: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:26:56.27
夕暮れに染まった教室。

私は黙々と作業を続ける綾乃を見ていた。
「それとなく聞いてみる」とは言ってみたものの、どう切り出せばいいものか。
目の前の彼女はやはり普段と変わらぬ様子に見えた。

校庭で運動部が練習する声。
チラリと窓の外を見る。
カチカチと教室内の時計の針が進む音。
チラリと時計を見る。
なにをやっているんだ、私は。

しばし無為な葛藤を続けていると、
やがて綾乃はペンを置き、そのまま小さく伸びをした。


「ふぅ、お待たせ船見さん。これで全部終わったわ」

「あ、ああ。うん、お疲れ様」


少し上擦ったような間抜けな声を出してしまった。
きょとんとした顔で「大丈夫?」と綾乃。


ーーー逆に心配させてどうする!


私はそれに曖昧に返事をした。
恥じらいから赤くなった頬が熱い。

340: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:31:56.60
「最後に二つの資料を先生の机に置いておけばいいんですって」


綾乃が言うにはこのあと職員会議があるらしく、担任には報告せずそのまま帰ってもいいらしい。
そんないい加減でいいのか?と聞いてみると、どうやら以前にもこういう事があったのだという。
そういえば去年綾乃のクラスを担当していたのもあの先生だという事を思い出した。
……なんだかなぁ。

苦笑する綾乃に向かって言う。


「ああ、じゃあ私が運ぶよ」

「ううん、半分持つわ」


そう言って綾乃は先程まで作成していた資料をテキパキとまとめだした。
……結局、綾乃ばかりが働いていたような気がする。

なら、せめて重い方は私が持とう。


そう思って席を立ったのと同時に、音が鳴り響いた。

341: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:34:40.64
窓の外を見やる。

それは17時の訪れを知らせる街のチャイムだった。
やけにタイミング良く鳴ったそれに、気持ちが悪いような、妙な感覚を覚える。

つい聴き入ってしまっていると、ふいに前方からバサバサバサと、紙が擦れる音。
それにつられて私も前を向く。


「綾乃……?」


床と机の上には先程まで綾乃がまとめていた資料が散らばっていた。


そして。


なにかを手に抱えたような体勢のまま、硬直する綾乃。



「ッ!? 綾乃!」


慌てて側まで駆け寄る。
綾乃は顔を伏せ、身体を小さく震わせていた。

342: 名無しの七森 2016/09/28(水) 21:38:41.10
「おい! どうした綾乃! 綾乃!!」


必死に声を掛け、肩を揺する。
ーーー何があった!? 原因は!?

しばらく私の呼び掛けに反応を示さなかった綾乃だったが、
突然ハッとしたような表情を浮かべたあと、ゆっくりと私の方を向いた。


「あ…………船見、さん……?」


その顔は真っ青で、額には汗が滲んでいた。
綾乃が意識を取り戻した事に、私はひとまず安堵した。

……やはり千歳は凄い。
綾乃のことを、よく分かっている。

私は綾乃の肩に手を置いたまま、目を真っ直ぐに見て言った。


「単刀直入に言うよ。綾乃……『なにがあった』の?」


部活の音も。時計の音も。
その時の私には聞こえていなかった。

358: 名無しの七森 2016/10/01(土) 17:39:08.26
「綾乃……なにがあったの?」


ーーー悟られてしまった。


私の内に芽生えた狂気。

それを誰にも悟られぬよう生活していたのに。
我ながら上手くカモフラージュ出来ていたと思う。
両親や一番の友人、千歳ですら気づけぬよう、細心の注意を払っていたつもりだった。

船見さんは私の目を真っ直ぐ見つめている。

その目からは本気で私を心配してくれているかのような、強い意思を感じた。
ただ、今の私はそれを見ているのが辛くて。

そっと目を反らす。

359: 名無しの七森 2016/10/01(土) 17:41:47.07
(言えるわけ、ないじゃない……)


チャイムの音が恐ろしく感じられるようになったのは、あの事件のあとからだった。
奇異体験の始まりを告げるかのように、静かすぎる街に鳴り響いたメロディー。


……それが鮮烈に脳裏に焼き付いてしまっていた。


一種のトラウマのようなものだと、自分では思っている。

17時が近づくと音に備えて身構えるのがすでに習慣となっていた。
事前に認識していれば先ほどのような醜態を晒すことはない。

しかし、今日は作業に集中するあまりそれを怠ってしまった。

不意を、つかれた。

夕暮れの教室。
船見さんの視線が痛いほど私に突き刺さる。

360: 名無しの七森 2016/10/01(土) 17:48:21.68
沈黙が苦しい。
船見さんからそれ以上の言葉はなかった。
ただ静かに私の返答を待っている。

間髪入れずに「なんでもないわ、大丈夫よ」とでも言っておけばよかった。

ーーーちょっと驚いただけ。さぁ帰りましょう。

これでだけで済んだかもしれないのに。
どうして私は肝心なところで機転が利かないのだろう。


別に船見さんが嫌いだとか、信用できないだとか、そんなことはない。

むしろ、その逆。

船見さんは思いやりのあるいい人だ。
さっきだって、千歳を気遣って自ら率先して仕事を引き受けてくれていた。
一見クールなように見えて常に周りに気を配っている。

そういうところが素敵だと思うし、私もそうであれたらと羨ましく思う。
友人……だと思っている。私だけかもしれないけれど。


ただ、それとこれとは話が別だ。

例え相手が誰であっても話すことはできない。
むしろ親しい人であればあるほど、話すわけにはいかない。

特に、あの魔術については。

誰にも話さず、譲渡せずに、私一人で抱え込まなければならない。

好奇心を抑え切れずに、危険と分かっていたにも関わらず。
しばらく眠ることも忘れて、記述を読みふけってしまった、私の責任なのだから。

361: 名無しの七森 2016/10/01(土) 17:55:03.68
沈黙は続く。

私は何と答えればいいのだろう。
私がこのままはぐらかせば、船見さんは無理に追求しては来ない気がする。
彼女は優しい人だから。

でも、秘密を抱えたまま彼女とこのまま友人でいられるだろうか。

いくら頭の中で考えてみても肝心の言葉が出てこない。
……この期に及んで、私は自分の事しか考えていない。


この沈黙は永遠に続くのではないか。
そう思ったとき、ピーとよく通るホイッスルの音が鳴った。

続いて何人かの笑い声が聞こえてくる。
陸上部かテニス部の休憩時間、だと思う。
私への視線を外し、代わりに窓の外を見る船見さんの気配。
それに少しホッとしてしまった自分が、嫌だった。

ふと私の肩から重みがなくなる。
顔を上げると、私が床に散らした資料。
船見さんがしゃがんで、それを拾い始めていた。


「あ……」

「いいよ、座ってて」


ーーその声色は優しくて。
ーーその優しさすら無下にしている自分がひどく醜く思えて。

私はまた、顔を伏せた。

362: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:02:07.81
「夢」

「え……」


資料を拾いながら、船見さんが小さく呟いた。

こちらに背を向けているせいで、その表情は伺えない。
「独り言だと思って」と一言置いて、彼女は続ける。


「一ヶ月くらい前、夢を見たんだ」


なんの話だろう。
立ち上がった船見さんは手に持った紙の束を机の上で整え始める。
相変わらず背は向けたままだ。


「その日は雨が降ってた」


淡々とした口調。
私が作ったものと、船見さんが持ってきてくれたもの。
二つの資料を重ねて腕に抱えると、そのまま歩き出す。


「夢の中では私は……よっと」


抱えていたそれを先生の机へと置いた。

「ふぅ」と一息ついて肩をほぐす船見さん。
その姿から、目が離せない。


反転してこちらへ戻ってきた彼女は元の席へと座った。
二人、向き合う形となる。


「見たこともない部屋の中にいた」


船見さんは静かに語り始めた。
夕日に照らされた船見さんの表情は柔らかかったものの、その目は笑っていなかった。

363: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:09:17.76
ーーー
ーー



「……で、目が覚めた。確認したら、足はなんともなかったんだけどね。おしまい」


船見さんは左ももを軽くさすりながら、自嘲するかのように小さく笑った。
そして「退屈だった?」と私に問いかける。


言葉に、ならない。
六月も中旬に差し掛かろうというのに、肌寒さすら感じる。

船見さんは最初に夢の話だと言っていた。

血のスープの話。
死体を触った話。
自らの足にナイフを突き立てた話。
毒を飲み、もがき苦しんだ話。

ーーーどれも描写が鮮明すぎる!

まるで本当に経験したかのようなリアリティがあった。
渇いた喉から、なんとか声をしぼり出す。


「…………この話は、私以外の誰かに……」

「綾乃にしか話してないよ」

「どうして!?」


反射的にイスから立ちあがり声を荒げる。
なぜ私にだけ? なぜこのタイミングで?
理解が、追いつかない。


船見さんはスッと顔を上げ、私と目線を合わせる。
彼女の顔からは笑みが消えていた。


「話さなきゃ、いけない気がしたから」


窓の外からは先ほど聞いたホイッスルの音と、何人かが不満を漏らすような声が聞こえた。

364: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:17:04.10
私はそのままの姿勢で立ち尽くす。

船見さんはじっと私の目を見つめている。
今、私はどんな顔をしているのだろう。
彼女の目的が、見えない。

彼女はゆっくりと口を開く。


「とりあえず、座りなよ」

「あ………ご、ごめんなさい……」


私は言われるがままにイスに座った。
先ほどの自分の行動を思い出す。
……取り乱しすぎだ。

ほとんど「後ろめたいことがあります」と言っているようなものじゃない。
これではもう、なんでもないは通りそうにない。

そんな私を見てか。
表情をいくらかやわらげて、船見さんは言う。


「いや、脅かすつもりはなかったんだ……こっちこそ、ごめん」


あんな話をしておいてなんだけど、そう付け加えて言う。
私はうなだれるしかなかった。
膝の上で丸めた拳をじっと見る。

少し間をおいて、船見さんは続ける。

365: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:21:13.83
「もし、もしね。さっき私が話した嘘みたいな話。それと同じような話を綾乃が知っていたらさ。聞かせて欲しいんだ」


その口調は、普段の彼女と変わらない、優しいものだった。
船見さんはなにかに気づいている。
そして先ほどの『スープの夢』の話。
私にはそれが作り話だとは到底思えなかった。

ーーー彼女も、私と、同じなのか。

彼女も、名状しがたい狂気に追われていたというのだろうか。


「私は……」


………どうすればいいの?
言葉は最後まで出てこなかった。
拳をさらに強く握る。

私は揺れていた。
誰も信じてくれないような与太話。
鼻で笑われるか、いたずらに怖がらせるだけか。
私一人で抱えるしかないと思っていた、あの日の出来事。

ーーーそれを、話してもいいの?

366: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:28:17.11
夕暮れの教室に再び沈黙が訪れた。

ただし、その沈黙は先ほどのものとはまた意味合いが違うもので。
やがて静かに彼女が切り出す。


「知らなかったら、それでいいよ。私からは、もうなにも言わないから」


ハッと顔を上げ、彼女の顔を見る。
やはりそこには普段と変わらぬ彼女の顔があった。

話すも自由。黙るも自由。
船見さんは、発言のすべてを私にゆだねてくれている。


「わ、私は……!」


『これを逃せばもう機会はない』

彼女の言葉をそう捉えてしまった。
そして今、私はそれをひどく恐れている。

ーーー私は、この話を誰かに聞いて欲しいのだと。

……そう気づいてしまった。


「…………知って、いるわ。ひとつだけ」


限界だった。

思い出すのは一ヶ月前の、あの日のこと。

367: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:31:29.16
見てる

368: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:36:18.16
「私が見た夢の話なんだけどね」

「私と一緒だね」

「私は夢は夕方だったわ。駅前の本屋で参考書を買ったの」

「紀〇国屋?」

「うん、そこよ。それでね、雨が降りそうだったから急いで家に帰ろうとして、途中で信号に捕まったの」

「あのなかなか変わらない信号だな」

「やになっちゃうわよね。そこでずーっと待ってたんだけど」

「うん」

「車がね、一台も通らなかったの。夕方なのに」

「……うん」

「でもその時は別になんとも思わなかったのよね。おかしいな、と思ったのは大通りに出たとき」

「うん」

「ひ、人の姿がね……どこにも見当たらなくて……車の音すら聞こえなくて……」

「……うん」

「私怖くなっちゃって……そしたら、ちょうど17時のチャ、チャイムが……」

「………それで?」

「家まで走って……ヒッ……ドアを開けたら……突然、意識が…………」

「うん……」

「……ック…………おきたら………おきたらね……真っ暗で……な、なにも……みえなくて……」

369: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:38:19.77
ポツリ ポツリと。
私の口から言葉が紡がれる。

嗚咽と共に出た言葉はひどく断片的で、要領を得なかったかもしれない。
船見さんはその言葉ひとつひとつに相槌を打ちながら、最後まで聞いてくれた。

途中堪えきれなくなり、私は机に突っ伏して泣いてしまった。

今まで必死に塞き止めていたものがどんどん流れ出ていく。
それをどうにかする手段はなくて。
子供のように、声に出して泣いた。


先を急かすでもなく、ただ待つのでもなく。
船見さんが選んだのは正面からの包容だった。

ーーーそれは暖かくて、いいにおいがして。



暗闇の中でのこと。
壁の中でなにかがうごめいていたこと。
鳥のこと。
壁が消えてしまったこと。
気がついたら家にいたこと。
箱を……持ってきてしまったこと。


私は彼女の腕の中ですべてを話した。

370: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:47:10.96
ーーー
ーー



「……船見さん」


腕の中の彼女から呼び掛けられる。
彼女の話が終わったあとも、二人はしばらくこの体勢でいた。
私はそっと彼女へ寄せていた身体を引く。


「もういいの?」

「うん。ありがとう」


そう言って彼女、杉浦綾乃は小さく笑う。
その笑顔は教室で最初に見たものより、ずっと素敵に見えた。


『壁の中』にいた話。
大方の予想通り、綾乃の心を覆っていた黒い影の正体は人知を越えた類いのものだった。
綾乃がチャイムの音に激しく怯えていたことにも合点がいった。
この話を笑い飛ばすことは、私には出来ない。

私にとって決して聞き逃せない情報もあった。
綾乃はその空間にあった『箱』を持ってきたという。
それは『夢』と『現実』の狭間をごちゃごちゃにするには十分すぎるものだった。


ーーーおそらく、私の見た『夢』も。


二人が同時期に見た奇怪な夢。
偶然で片付けられるはずがない。

371: 名無しの七森 2016/10/01(土) 18:59:01.30
「船見さんって、男の子だったらよかったのにって言われない? もちろん女の子から」


考えにふけっていると綾乃からそんなことを言われた。
少々いたずらっぽい口調だった。
さっきまでの自分の行動を振り返る。


「…………ノーコメントで」


楽しそうに笑う綾乃。

弱々しい茜色で染まった教室。
夕日はもう沈み掛けている。
赤くなった頬を隠すには、少々もの足りなかった。


それを誤魔化そうと視線を泳がす。

時計を見ると18時を過ぎていた。
そろそろ帰らなくてはいけないだろう。
運動部もすでに練習を終えているようだ。

そのままぐるりと目で教室を一周。

窓。

ロッカー。

扉。


そこで私は硬直した。

372: 名無しの七森 2016/10/01(土) 19:05:25.75
扉の前にあったのは、一つの人影。
今日この場を作る、原因となった人物。
私と目線が合ったそいつはしまった!と言わんばかりに弁解を始める。


「い、いや! 違うんだ! 出るに出れなかったというか……」

「え……せ、先生!?」


向かいに座った綾乃も振り向き、すっとんきょうな声を上げる。
しかし、そんなことは今はどうでもいい。
肝心なことは一つだけだ。


「いつから、見てましたか……?」

「え? 船見が杉浦を抱き締めてて……杉浦が船見にむかって、男なら良かったのにって……あ」


綾乃の顔がみるみる内に赤くなる。


担任はスタスタと教室内に入り、自分の机に置かれた二つの資料。

ーーー確認してるんだか、していないんだか。

それをポンポンと叩き、何度か頷く。
そして私たちの方を見ると、


「ご、ごゆっくり! でも早く帰れよ! 居残りありがとなー!」


そう言って。
そのまま走って消えていった。


私と綾乃。

二人の声が校舎に響く。

373: 名無しの七森 2016/10/01(土) 19:07:25.11
ーーー


「「誤解だぁああああああ!!!!」」


ーーー

374: 名無しの七森 2016/10/01(土) 19:09:19.33
ーー舞台は現代日本のとある県、とある街。


季節は六月。


梅雨、真っ盛り。


じとじとと連日降り続く雨。


雨は人知を越えたなにかを隠す。


雨に濡れた地面は、なにを写すのか。



ーーー2人の少女は、そこでなにを見るのか。

375: 名無しの七森 2016/10/01(土) 19:10:29.52
探索者名:船見結衣・杉浦綾乃

探索結果:ーーー

クリアボーナス:なし

・不定の狂気の回復(対象:杉浦綾乃)
(狂気内容:制御不能のチック、震え、失語)



原作
クトゥルフTRPGやろうずコミュ
????様制作 『???』前日譚


376: 名無しの七森 2016/10/01(土) 19:11:46.93
また間が開きます                                                             

380: 名無しの七森 2016/10/01(土) 20:27:48.80
よきかな
ゆっくり待ってる

394: 名無しの七森 2016/10/12(水) 19:24:39.14
つづきまだ?

401: 名無しの七森 2017/03/15(水) 17:05:37.31
今更ながら続きが気になるなぁ

402: 名無しの七森 2017/03/19(日) 20:57:37.34
間が空くってことは続きがあるんだよな?

408: 名無しの七森 2017/04/08(土) 10:58:43.33
待ってる

409: 名無しの七森 2017/04/08(土) 13:10:37.85
お前が書くんだよぉ

412: 名無しの七森(吉川) 2017/04/18(火) 15:25:18.53
お前も書くんだよぉ

413: 名無しの七森(出崎) 2017/06/09(金) 14:51:32.25
書き込むよぉ

414: 名無しの七森(南野) 2017/08/11(金) 19:25:00.66
書き込んだよぉ!

416: 名無しの七森(吉川) 2017/11/03(金) 01:54:32.08
良スレだったけどなぁ…さすがに続きはないか

424: 名無しの七森(南野) 2017/11/22(水) 13:34:27.60
書きたいけどクトゥルフ詳しくないなー