1: 日本@名無史さん 2016/08/19(金) 18:53:01.43
フランス式の政治体制を取り入れて徳川慶喜が初代大統領→しばらくして大統領も公選制に移行→議会の設置
地方自治は引き続き諸藩に任せる→しばらくしてフランスを習って廃藩置県実施
政治の中心地は引き続き江戸→必然的に江戸が日本の首都になる
幕府陸軍と海軍奉行→そのまま日本陸軍と日本海軍になる

結果的には明治政府が実施したことと何も変わらない
ただ江戸幕府が近代国家を作っていたら古き良き日本はもっと残っていただろう
明治政府に近代化させたせいで天皇は京都を追い出され、城や寺などの建物が破壊され、和服文化が消滅し、太平洋戦争が起きたのだ

15: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 02:34:36.92
>>1
まったく同じかどうかは知らないが似たような感じにはなりそう。
違うのは有司専制ではなく一応議事院で審議がされることだろうが、
たぶん明治10年ごろには完全に形骸化して徴士中心になりそう。

人材構成も薩長以外の諸藩や幕臣に関してはまったく同じになるし。

48: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 21:49:56.28
>>1
「根拠のない妄想を書き散らすこと」⇒「徳川慶喜が初代大統領→しばらくして大統領も公選制に移行」

4: 日本@名無史さん 2016/08/25(木) 12:43:24.07
道路は右側通行、鉄道は標準軌。
新幹線は東海道線と相乗り。

5: 日本@名無史さん 2016/08/27(土) 18:26:00.20
しかし幕府にはそんな金無かったよ
薩長にできたのは金があったから

10: 日本@名無史さん 2016/09/03(土) 22:26:30.89
>>5
港湾も抑えてない京の政府は幕府以上に金がない
幕府は関税収入で幕末に財源はかなり調達できてる
出費も増えたけどね
銃器や艦船の購入量は当時ではずば抜けてる

清朝も貿易が各地で始まり関税収入が増えたから内乱を鎮定できた

6: 日本@名無史さん 2016/09/03(土) 20:47:12.37
優秀な人材は幕臣のほうが圧倒的に多かった

8: 日本@名無史さん 2016/09/03(土) 22:08:20.81
徳川家なんて今でも子孫、もてはやされてるし、博物館で銭儲けしてるし。
細川護熙なんて、首相までなってし、細川さんには恨みはないが、細川家の御曹司も多分に票に結びついてる。
(熊本県民です)

9: 日本@名無史さん 2016/09/03(土) 22:12:14.56
全財産なげうっても熊本城修復寄与しない。
護熙は城主の子孫失格・焼き物にうつつぬかすバカ・
裸にならない。

11: 日本@名無史さん 2016/09/03(土) 22:58:29.04
人材も金もあったはずの幕府がなぜ負けたんですか

13: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 02:21:58.19
>>11
幕府が自主解体の予定だったから。
鳥羽伏見の時にはすでに幕府は存在していない。
文久2年の時点で従来の江戸幕府は新政体移行までの暫定機構

19: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 06:11:10.81
>>11
尊王攘夷
錦の御旗

朝廷を巻き込んだのは大きい

12: 日本@名無史さん 2016/09/03(土) 23:06:10.27
稀代の名君、井伊直弼に任せておけば良かったんだよ
攘夷を掲げる連中の何歩も先の世を見据えていたのだから、
明治維新よりもさらに上手く日本を近代化させただろう
吉田松陰やら世界情勢の読めぬ愚か者どもを征伐したところまでは良かったのに
水戸のせいで日本は得難い人材を失った

14: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 02:24:59.52
>>12
井伊直弼と佐賀の鍋島閑叟は親友だったんだよね。
桜田門外の変の後で佐賀藩邸も襲撃を危惧したくらい。

16: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 03:19:54.96
ただ徳川慶喜が議定に就任してたら統帥権の独立はなかったとは思う。
議事院が設けられて国事を決定する制度が先にできてしまうので、
統帥権だけ分離して天皇大権とするのはその後の憲法制定時に困難だろう

17: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 05:42:38.65
安政6年に横浜50万ドル、函館8万ドル、長崎190万ドルだった輸出が
8年後の慶応3年には横浜970万ドル、函館60万ドル、長崎178万ドル。
長崎が停滞したのに対して横浜で貿易額増加のほぼ全部を占めてる
(総輸出額の増加は950万ドル)
上信・関東・奥羽などの生糸輸出の伸びが凄まじく茶・海産物などが主体の長崎を引き離した
横浜は輸入でも1400万ドルに達して長崎を圧倒

幕府の銃砲購入額は慶応2年だけで小銃1万5000丁~3万丁にまで達している
それも旧式のやくざな銃ではなく、当時の最先端銃砲

18: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 05:54:51.05
徳川慶喜はダメだ
あいつは鳥羽伏見の戦いで逃げた腰抜け腑抜け
逃げるべき時に逃げるのは正しいが、
踏ん張りどころでダサい逃げ方したのならもうダメだ
カメラでも触って、自分のクソ漏らしてる写真でも撮るのが似合ってる
てことで、慶喜が上にいるなら、江戸幕府が日本を近代化は無理
欧米の、ただの植民地にされて終わり

20: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 10:28:44.13
スレタイは無理があると思うけどな。

秩禄処分をしないと近代化は無理だけど、武家政権にそれは出来ないと思う。
だって幕府の存在意義を全否定するに等しい行為だから。

公地公民の建前があった天皇だけが無し得た改革だと思うがね、明治維新。

秩禄処分を行い武士のリストラを断行しても尚、近代化に掛かる経費は莫大で、
明治政府は慢性的な赤字に苦しみ、これが黒字化したのは第1次世界大戦時。

21: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 16:57:25.01
>>20
仮に出来たとすれば、それは徳川慶喜と周辺が作り出す全く新しい政権になるだろうな。

それはオスマン帝国がマフムト2世以降、それまでと全く異なった近代国家と化していったようなもの。たまたま皇帝主導だったのでオスマン帝国の滅亡とは言われないが、それ以前のオスマン帝国とは全くの別国家同然。

23: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 22:20:41.93
>>20
秩禄処分も最初から家禄を金禄公債に変えることまで決まってたわけじゃないよ
廃藩置県で政府が士族の家禄支給を引き受けて財政負担が重くなってから議論が本格化した
そして廃藩置県まで進むことなんて明治初年段階では想定してない

25: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 23:01:01.18
>>23

最初から想定されていたかどうかはこの命題の場合、問わないだろ。

秩禄処分を幕府政権(仮定として徳川家が幕府を継承した新政権を含む)が断行できたかどうか。
これが近代化できると証明する為の条件になる。

私は 幕府の武士(諸藩・直臣を含む)に対する命令権の根源は、家禄を保証する事に因るから、
幕府が秩禄処分を断行する事は 己の権力の源泉と矛盾する。

よって幕府には秩禄処分を断行出来ないと言っている。

公地公民の原則によって、天皇家へ家禄を奉還せよと言える新政府には近代化は可能だった。

>>24の反証も、家禄の全返還で無く家禄の保証に対する武力の供給が出来ないと言う
旗本の弱みから、一部(武力としての奉公が出来ない代償を)金納をさせる事が出来たという事例であって、
本質的に家禄をはく奪する秩禄処分の断行が出来る立証にはならない。

天保の改革で 上知令が頓挫した事で徳川政権が近代化を成し遂げる事は出来ない事が明らかになってる。

郡県制の導入と廃藩置県はやり方次第では出来たかもね。
でも近代化と列強入りは無理だと思う。

28: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 05:43:31.12
>>25
だから断行できるって。
静岡藩以下は均等配分に近い状態を実現してるし、
禄券法の採用だって米沢福井彦根高知あたりが先行してる
政府のほうが遅れてるんだよ。
何でかと言ったら改革できない藩抱えてるから(特に薩摩)

もともと廃藩置県てこういう改革藩グループがプレッシャーから実現したんだもの

29: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 05:51:12.10
>>25
>私は 幕府の武士(諸藩・直臣を含む)に対する命令権の根源は、家禄を保証する事に因るから、
>幕府が秩禄処分を断行する事は 己の権力の源泉と矛盾する。

なんか勘違いしてるようだけど明治政府って家禄保証してるんだよ廃藩置県の際に
しかも廃藩置県の段階までに各藩は自主的に俸禄の削減を進めて3割か4割カットしてる
廃藩置県「までに」だよ
その後も岩倉や木戸とか反対が強いから、一時家禄税と家禄奉還とか暫定的な措置で繋いで
金禄公債に切り替えるのは明治9年まで遅れてる

家禄削減て財政上の必要から必須だから、思想信条や体制に関わりなくどこの藩でも進める
とくに軍制改革の過程で。だから慶応3年の全銃隊化は軍役奉仕を解いたと言う意味で重要
家禄は有事の動員の際に応じると言う軍事的奉公が前提だから、
その前提が崩れてしまえば給付はストップする

22: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 19:34:22.54
◆ペテン師・佐藤洋一郎がなぜダメなのか


経年変化や環境変化で短期間のうちに著しく頻度を変えてしまう遺伝子調査において、
佐藤洋一郎が調査に使ったイネの調査サンプルは、

日本のイネの調査サンプルが稲作が伝わってから800年以上も経ってしまった鍵・唐古遺跡の炭化米、
朝鮮半島のイネの調査サンプルにおいてはいつの時代のイネを使ったのかさえ全く公表していない。

このように調査サンプルから疑わしい、欠陥ありありの、お遊び程度でやったペテン調査での捏造である。

この場合、BC10Cの稲作開始時の最古水田である菜畑遺跡の炭化米とそれ以前の朝鮮の炭化米で
比較調査しない限り、まともな調査結果など得られるはずがない。

ちなみに佐藤洋一郎はこの件で京大考古学陣に全面否定されている。
日本稲作が長江・江南から伝わったなんて言ってる頭のおかしな考古学者など一人もおりません。

24: 日本@名無史さん 2016/09/04(日) 22:26:17.49
あと慶喜は宗家家督を継承後、幕府陸軍の軍制改革を行って
旗本に金納させて陸軍を全軍銃隊化させてるし、他藩も似たような改革を続けて始めてる
内戦がなくても近代陸軍創設の過程で各藩とも同じ方向性になったはず

26: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 03:58:21.98
武士は権威でなく権力で統治を行うもの
何もない時代は、あの安定化を第一において硬直化した徳川幕府の構造は良かったが
荒波に晒されては崩れるしかない
後知恵で何をすれば対応できたと言う事はできても
現実には、しがらみが多すぎて最適な対応が採れない
つまり力足らずで近代化は無理

27: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 05:40:09.72
静岡藩、土佐藩、米沢藩あたりは政府より禄制改革が先行してたからな

30: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 05:59:43.13
>最初から想定されていたかどうかはこの命題の場合、問わないだろ。

問うよ。明治政府が三治制を捨てて廃藩置県に舵を切ったのが明治4年で、
その際に引き継いだ家禄を金禄公債に換えたのがさらに5年後。
明治政府自身が発足時の性格は封建領主連合国家だったわけで、
そこから中央集権国家への改革の方向性として特異なことをしたわけではない。

31: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 06:07:53.17
明治政府が作った日本軍の兵士が代わりに禄をもらうわけだし軍に入れよ
人力車の車夫なんかやるなって
貧農の二男三男なんか軍に入ったら白米が食えるってもんでこぞって軍に入ったじゃない
志願者多すぎて倍率ガーとか言うなら、屯田兵おすすめ
屯田兵は士族限定だ

32: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 06:59:50.96
本質規定から演繹する議論の最大の弱点は
「封建権力が本質的な改革ができないなら、何で諸藩が自主的に禄制給付改革してるの?」
ということだからな。
実際は忠誠競争が行われるから、多少「本質」を毀損してもより大きな政治的目標達成が優先される。

慶応3年だって幕府の軍制改革にならって諸藩も軍制改革を進めてる。

33: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 10:19:19.29
国家の統一的な改革が出来ずに、それぞれやっちまうから問題なんだろ。
部隊でそれぞれ装備が違うなんて近代戦じゃ致命的だ・・・

34: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 15:45:15.80
教科書では廃藩置県は薩長が主導して断行したことになっているが、これは正確ではない。
明治初年 薩長をはじめ 大藩では藩政改革が行われ 特に熊本・和歌山・高知・名古屋・鳥取など
中央政府より急進的な改革に走る藩が出てきた。この非薩長系大藩の知藩事・執政らは明治四年の4月、
諸侯会議を開催して、政府の改革を具申する方針を打ち出した。これを察知した長州の若手が山県・木戸・西郷に働きかけて、
先に廃藩置県の手を打った。これがいわゆる「廃藩クーデター」である。
この時 非薩長系改革大藩が主導権を握っていたら、その後の日本はどうなっていただろうか?
地方分権的で議会制度の発達した近代国家になっていたと思う。

36: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 10:25:46.99
>>34
そうなったら日清日露を乗りきれずに終わりだろ。
あの二つの戦争は、少ない国力をかき集められたから勝てた。
乏しい国力が集められなければ、滅びるだけだよ。

35: 日本@名無史さん 2016/09/05(月) 21:38:48.35
幕府が明治維新の様に体制の変革ができるなら薩長を圧倒しているだろう
国力で言えば薩長の数倍あり、資金も火砲も圧倒していたが、統帥や用兵で負けたんだから人事や組織や兵制面の改革はできなかった
慶喜も最初から薩長に降伏したのでなく、長州征討は小倉陥落で止戦したし、鳥羽伏見も薩長有利の戦局を見てから恭順しているので
戦争目的も近代化と言うより幕府復権だから、公武合体だった薩摩や土佐などの雄藩が離反したし

37: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 12:47:31.94
日清日露の勝利で日本の国運は上昇し、その後大国への道を歩むことになったが、
この戦争は必要な戦争だったわけではない。 よく歴史音痴・軍事音痴が「明治維新がなければ植民地になっていた」とか
根拠のない妄想を書き散らすことがるが、日本は緩い近代化で十分だった。
明治時代は生き急いだ時代だった。国民は重税にあえぎ貧富の差は拡大した。
だから大正には東京大阪に

40: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 13:08:38.62
>>37失敗 書き込み中に謝発射 すんません

43: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 14:37:52.38
>>41
その手の議論は専用スレ立てて去年からやってんのよ。もともとは
「明治維新が無ければロシアの植民地になってた」という地政学バカの隔離用だったんだけど。
お暇なら覗いてみて下さい。

「明治維新が無ければ日本は植民地になっていたか?」
http://mint.2ch.net/history2/#9

>>40 また変換ミス 謝発射 × → 誤発射 ○

44: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 16:42:14.54
>>43
そのスレで「根拠のない妄想を書き散らすこと」をしたってだけじゃん

別に明治政府とて国民置き去りなわけじゃないよ
富国強兵の元で国民への強い政治的な関与があった
目的は他国に勝つ為に国を強くする事だったので
共産主義者みたいな富の平等を狙いはしないだけ

まあ他国に勝つ為ってのは今も同じだね。
当時みたいに軍事的なドンパチはしずらいから、
よりスマートに戦わないといけないけど、外国と交流するってのはそういう事だ

41: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 13:19:36.82
>>37
>日本は緩い近代化で十分だった。
このセリフこそ「根拠のない妄想を書き散らすこと」でしかない

38: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 12:54:05.65
日清日露の勝利で日本の国運は上昇し、その後大国への道を歩むことになったが、
この戦争は必要な戦争だったわけではない。 よく歴史音痴・軍事音痴が「明治維新がなければ植民地になっていた」とか
根拠のない妄想を書き散らすことがるが、日本は緩い近代化で十分だった。
明治時代は生き急いだ時代だった。国民は重税にあえぎ貧富の差は拡大した。
だから大正には東京大阪に貧民街が生まれ農村は荒廃し、労働運動・小作争議が激増した。
本来 国内投資に回される資金は植民地に回され本土の開発は遅れた。
薩長政府の近代化政策は当時の国民にとっては苛政であり、得られた果実は大きかったとも思えない。

39: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 13:03:24.65
明治維新マンセー論者の欠点は、当時の国民 庶民目線で評価する姿勢に欠けていることである。
領土が増えた、軍事力が増えた、はそりゃ結構であるが、国民生活が貧しければ意味が無い。
自分は当時の為政者になったつもりで歴史や天下国家を語る人に欠けているのは、
自分を明治時代にタイムスリップさせて二等兵や東北農民に身を仮託させて、
当時の時代や社会を見ようとする想像力であろう。
伊藤博文や山県有朋になった気分で歴史を語れば、それは明治維新マンセーにはなるわね。

42: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 13:30:43.23
貧富の差の拡大だとか、貧民街とか、
その手の下層レベルの国民生活に力を注いでも軍事力の面ではさほど効果ない
それでは戦争に負けてしまう
戦国の世では食い物にされるだけ

45: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 20:11:56.71
◆ペテン師・佐藤洋一郎がなぜダメなのか


経年変化や環境変化で短期間のうちに著しく頻度を変えてしまう遺伝子調査において、
佐藤洋一郎が調査に使ったイネの調査サンプルは、

日本のイネの調査サンプルが稲作が伝わってから800年以上も経ってしまった鍵・唐古遺跡の炭化米、
朝鮮半島のイネの調査サンプルにおいてはいつの時代のイネを使ったのかさえ全く公表していない。

このように調査サンプルから疑わしい、欠陥ありありの、お遊び程度でやったペテン調査での捏造である。

この場合、BC10Cの稲作開始時の最古水田である菜畑遺跡の炭化米とそれ以前の朝鮮の炭化米で
比較調査しない限り、まともな調査結果など得られるはずがない。

ちなみに佐藤洋一郎はこの件で京大考古学陣に全面否定されている。
日本稲作が長江・江南から伝わったなんて言ってる頭のおかしな考古学者など一人もおりません。

46: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 20:47:38.05
明治が良かったと思わないけど、帝国主義全盛期の軍事力がすべて物を言う時代と言う前提があるからな
核兵器もないから、世界大戦の様な大国間の戦争も頻発したし
常に戦争回避に周ってた戦争嫌いの伊藤博文も、軍事力の増強以外ないとしてるし
日清日露の勝利で不平等条約も改正出来て、関税回復し、経済植民地から国内産業発展できたし
戦争は日清日露でやめ、後は国内に力そそぐ方が良かったと思うけど

47: 日本@名無史さん 2016/09/06(火) 21:41:10.58
「根拠のない妄想を書き散らすこと」⇒「明治維新が無ければ植民地になってた」

7: 日本@名無史さん 2016/09/03(土) 21:55:50.49
スレ主すばらしいと思うよ。

維新は大名の利権争いだと思うよ。
だって、大名や上級武士は華族として残ったもの・
下級武士は路頭に迷ったよ。
カワタがいい例で今も差別が残ってるらしい。